第10話 フォール・ダウン
「あーもうホント面倒じゃったわ、主を投げ飛ばしたあのあと、
俺の上にのしかかったまま、顎を指先で撫ぜながら俺に愚痴るアーちゃん。相変わらず節々に聞き捨てならないことを混ぜ込んでくる人だけど今はそれはいい。そうか、俺はようやくここまで来たんだ。
「そりゃ申し訳ないことをしたな。けど俺には結構楽しんでそうに見えたぜ?」
「ハッ、そりゃこんな酔狂、楽しみもなしにやっとれんわ。……それはそうと主。
俺。俺か。んっふふふふふ」
「……なんだよ、わりいかよ」
「いいや?口調だけでなく体つきも男っぽくなりおって。身の丈は180cmほど。量、質ともに練り上げられた筋骨。磨き抜かれたように艶やかな蒼い肌。短く刈られた黒い髪に黒い瞳。何より姿勢が良くなった。褒めて使わすぞ。妾の言いつけをよく守り、鍛錬に励んでおったようじゃな?」
怪しく笑いながら体を揺すり、全身に全身をこすりつけられる。
あの、ちょっとそういうのは。
「ちょっとアーちゃん、分かったから一旦離れて」
「そういうな、久々の
「あっ」
「……ふふ♥」
生理現象ってなんで自分の意志で止められねえんだろうな。
これはマジで生命の不具合そのものだと思うので本当何とかして神様。
「なんじゃなんじゃ、主も楽しんでおるではないかほれ近う寄れ」
「あーちょっともうなんなのマジで!?」
迫り来るアーちゃんの顔から目を背けようと顔を横に倒す。
すると目線の先、ドアの前にトロールのホルンが何も言わずに突っ立っていた。
「わああああああ!?」
「何じゃもう来おったか。
どういうことだ。ラーシャがアーちゃんだったということはこのホルンも『担当者』なのか。
「ほれ、さっさと降りてこんかい。……主よ。この世界の知識があるなら、トロールはこの世界の最も深い森の奥で、生涯一歩も歩まず人生を終えると聞いておるな?」
「お、おう。まるで樹木の一生みたいに生まれた場所で大きくなって、そのまま風雨に削られてまた小さくなるのをずっと繰り返してるってマルダ婆が」
「なぜこやつらがそんな頓狂な生態をしておるかと言うとな、こやつらは緊急時の
端末だからよ」
そういってアーちゃんがホルンに目を向けると、突如ホルンの目が光り出し奇妙な言葉を口走りだした。
『
言葉の羅列が終わると緑に光っていたホルンの目が赤になり、異様に軽快に動き出した。
「いや~~~どうもどうもどうも、いつもお世話になってます!いや本日はこんなところまでご足労頂き誠に申し訳ない。ちょっと今こんな場所で茶菓子も冷コもありませんで大したお構いもできまへんけど、どうぞ楽にしてください。おっとその前に名刺や名刺。いや名刺もあらへんがな!今ね、すぐ資料用意しますんでそこに掛けててください!」
かつての人生を思い出した今の俺には分かる。コッテコテの大阪のリーマンだ。
「……アーちゃん」
「仕方ないじゃろ。あの支離滅裂なSOSよこしてきたやつは結局捕まらず、どうにかしてふん捕まえられたのがこいつだけだったんじゃ」
もう本当に親睦会で見たあの温和な身振りと片言で喋るトロールは何だったんだ。ラーシャ以上の早口と3倍早送りみたいなチャカチャカした動きで、この大阪人はとにかく何かを準備しようとしている。すげえ、ムチャクチャ早く動いているのに全く捗っているように見えない。
「いや~もうホンマわやですわ、同僚はどんどん辞めてまうし、上司はストレスでどんどんハゲが進行しよるし、そのせいでこっちのアタリまで辛うなるし、もうワイも飛んでまおかな思ったんですけど嫁も子もいますんで中々ねえ、いやホンマえらいことですわ。けどあんさんがヘルプできてくれたおかげでひとまず小康状態にまで戻ったみたいで、社員一同みな仮眠取ってますわ。上司はヅラを新調しに行く言うてましたけどもうええやろあそこまで行ったらと思うんですけどね。あっ資料準備できましたわコチラどうぞ」
社員て。ヅラて。ていうか神様でもストレスでハゲるのかよ。この世に髪も仏もないのか。
量が多い割に異常に中身の薄いトークが終わると、ホルンの口からビームが発射され、空中にスクリーンを形成した。……そこには、ちょっとしたスペクタクルが映し出されていた。
「……ふむ、これが終局の映像か。話には聞いておったが、よくここまで酷うなったものよ」
「いやホンマですわ。営業のワイが苦労することになるんですから、技術屋と事務屋の方もちゃんとしてくれんと」
映し出されているのは、多分この星だ。しかしそれはひと目で異常だと分かる状態だった。
星が、光の巨人に飲み込まれている。
まるで宇宙を貫く光の柱のように、宇宙空間に光の巨人が浮いている。
その腹部におそらくこの星なのであろう緑の球体が収められ、巨人に何かエネルギーのようなものを吸い上げられている。その巨人は文字通り全身が光り輝いていて、顔に当たる部分には刻まれているものは何もなかった。ただ、その手がどこか彼方へ向かって差し伸ばされていた。
「アーちゃん、これは」
「あのSOSの最後の一行、主を呼び寄せたメッセージが発信された時の状態がこれよ。もうここまで行くと手がつけられん。見よ、最後の瞬間じゃ」
光の巨人から全てを吸い上げられた星が崩壊し、灰燼に帰していく。そうして全てを飲み込み一人ぼっちになったその巨人は、何かを探し求めるように凄まじいスピードで何処かへ消えていった。
「この巨人が向かった先はおそらく主の星じゃ。そして主の星も同じ憂き目にあったであろう。つまりこれが主が戦うべき運命の相手じゃ」
「は?」
えっ?
これと?
どうやって?
いやいやいやいやいや。
「……言うたじゃろ。こうなってはもう手がつけられんと。時間を遡って主を送り込んだおかげで、まだこの状態にはなっておらぬ」
アーちゃんが顎でしゃくってみせると映像が差し替えられた。
そこには光の巨人はおらず、緑の星が浮かんでいるだけだった。
しかし、その一部に小さな光のドームのようなものが形成されている。
「この星にはまだ星の観測技術が生まれておらぬ故、まだ誰も気付いておらぬが、
この光のドームがちょうど今妾らのいる場所。正確に言えば」
答えは一つしか無かった。
「……バルディール城塞の大迷宮」
「そういうことになる。今ならまだかろうじて間に合うのじゃ。なんとしても最後のあの光景だけは阻止せねばならぬ。主自身のためにもな……明日は大変になる。もう寝るが良い」
そういうとアーちゃんは出ていった。ホルンも「あっじゃあワイも明日早いんで!これで!」と部屋を出ていった。
……寝られるかよ畜生。
翌朝。
なんだかんだ言って思ったよりは寝られた。
これも冒険者稼業の賜物か。
俺、リミ、ラーシャ、ホルンの4名はバルディール公管理下のダンジョン、「バルディール大迷宮」の入口前に勢揃いしていた。
「さて、本来ならダンジョンは最低でも4名、深部への攻略には10名以上のゴールドクラスによる編成が必須とされておる。だから今日はまあ、お試しじゃ。主らが戦う相手を、よく知っておくが良い」
一晩経って完全にキャラの変わったラーシャに、未だにリミが慣れなさそうにしている。面倒くさくなったのか、朝飯の時からもうこれだったもんな。「パーティに馴染もうとキャラを作ってたんだ」とか訳の分からんフォローは一応しといたけど。
「では征くぞ、気張れ、心に火を入れよ!」
「「お、オオー!」」」
いつの間にか完全に仕切られていた。まあいいか楽だし。
4人で入り口を潜り、最初の階段を降りていく。
「まずはダンジョン一階じゃが、ここにはまずレッサー共はおらん。レッサー共の
仕掛けた罠があるだけじゃ。連中いくら掃除しても律儀に罠を仕掛け直しよる。既にここは探索され尽くしてマップも完成しておるでな、さっさと進むとしよう」
「なあラーシャ、そういえばレッサーってどんな奴らなんだ?」
リミも「それをずっと聞きたかった」という顔をしている。
レッサー。かつて大戦においてこの世界の全てを敵に回して戦った悪魔たち。
その存在は教科書なんかには記されているが、不思議な事に図解が一枚も存在しなかった。
「そうか知らぬか。まあすぐに分かることよ。で、差し当たってこの地下の罠じゃが」
そうだ、罠があったんだ。といっても武闘一筋の俺にとって罠の発見解除なんか専門外だ。リミも割と攻撃寄りなので俺達ではどうにも出来ない。
「そのために妾がついてきておるのじゃ。見ておれ、こんな小賢しいものはこうじゃ。てい」
そういってラーシャが適当に壁を叩くと、何か波紋のようなものがダンジョンの壁を走っていった。そして次の瞬間、1階の全ての罠が起動して直後に爆発した。
「はい解除終わり。いくぞ」
「……。はっ!?ちょっと待てなんだ今のズリぃぞ!まさか今までずっとそうやってきたのかよ!」
「だって面倒なんじゃもの。は~面倒面倒」
そういうとラーシャは勝手知ったると言わんばかりに地図も見ずにスイスイ進んでいく。チートってこういうことかよ……今までの俺達の苦労は何だったんだ。
なあリミ?と振り返ると、リミは縮こまって青い顔をしていた。
「お、おいリミ大丈夫かよ」
「う、うん大丈夫。大丈夫だから。心配しないで」
軽口も出てこねえのか。かなりマズいな。早めに引き上げたほうが良さそうだ。
そうこうしている内に二階に降りる階段についた。
「二階にはたまにおらん時もあるのじゃが……この気配。おるな。数はちと分からんがまあそう多くなかろう。……覚悟は良いな?」
ラーシャを先頭に、階段を降りていく。いや本来はアタッカーの俺が前に出ないといけないんだけど何故か逆らえなかった。嫌な予感がする。今まで感じたことがないほどに。
階段を降りきり、二階に付くと、ざわざわと音と声がする。
ぎゃあぎゃあ。きゃあきゃあ。ぐえっぐえっ。
世界の敵にふさわしい、気色悪い鳴き声。だが、俺はなにか、この声を、聞いたことがある気が。
ずざざ。ずざざざざざ。ずざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざ。
「来よったな。よく見よマキア。これがお前の真の敵、打ち倒すべき相手のその尖兵共じゃ。心を強く持て。迷うな。迷えば全てを持っていかれるぞ」
やがて、そいつらの姿が薄暗闇の中に浮かび上がって見えてきた。
黒い髪。金の髪。少し赤みがかった髪。
地下に適応した結果、白く落ち窪み退化した眼球。
二本の手に二本の脚。目。耳。鼻。眉。そして胴の部分には臍と性器。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
怪物共が咆哮を上げて突進してきた。
怪物。これが。
世界の敵。この姿は。
俺は、こいつらを知っている。
「征くぞマキア、構えよ。そして打ち砕け。この哀れで醜悪な化け物どもを。その名は――」
俺は、母さんを捨てて家を出ていった親父の顔を思い出していた。
「
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