第9話 王様の脚は馬の脚。頭の中身は中二病
「余がアルベルン大陸バルディール領領主、アムンゼン・バルディールである。この地に参ってよりたったの一年でゴールドに至るまでの勲功を積み上げたその勇猛と武技、見事である。冒険者奨励制度を敷いたものとして誠に嬉しく思う。表をあげよ」
許しを得て、リミとともに顔を上げる。
見事な職人仕事による豪奢な紅い革張りのカウチ。
そこに、今から昼寝でもするかのような姿勢で公が横たわっていた。
なぜ通常の玉座ではないのかというと、公がケンタウロスだからだ。
大戦の折、その二つの手に対の
その上半身は言わずもがな、馬の下半身にも王侯貴族にふさわしい誂えの礼装を纏われている。……しかし、今や前線に出ることはなくなったようで、心持ち貫禄がついたというか、微妙にでっぷりなさっているような気がする。
「拝謁の誉れに預かり、恐悦至極でございます。以後も、陛下のご偉業の助けとなるべく、粉骨砕身努力する次第であります」
ザッパ団長から散々仕込まれた礼の言葉を口にする。……いやこれ合ってんのか?なんか怪しい気がするんだけど。団長も口ぶりこそ威厳あるけど実は変なとこ抜けてる人だしな。
「あー良い良い、そのような不慣れな敬語は聞き飽きたわ。武骨者が無理をするでない、余もその気持はよう分かる。形式上の挨拶は終わったのだ。楽にせよ楽に」
「ハッ」
リミと共に立ち上がり、後ろ手に手を組む。団長に聞かされたとおりの人だった。
俺達は共に街の仕立て屋とミルミスの工房で誂えた、装飾を意識しながらも実戦性を兼ね備えた衣装に身を包んでいた。無論、王侯貴族のものより豪奢にならないよう配慮した上での装いだ。リミが色々注文付けたもんで二人で結構な額になっちまった。……緑のローブを通り越しちまったな。
「ふむ、そなたらが『蒼の閃光』マキアと『紅に舞う焔巫女』リミリディアか。その評伝を参考に、顔を見る前に広めた名前じゃったが名前負けしておらぬ精悍な見た目で結構結構。名付け親の余としても鼻が高いわ」
足先から妙な痺れが走り、顔が複雑に歪むのを気合だけでこらえる。横目で見ればリミも同じだった。きっと俺達の内心はいつも以上にシンクロしていたに違いない。
『名付けたのも広めたのもアンタかよ!!!』
俺達は共に心の奥でそう叫んでいた。
「さて、早速本題に入るとしよう。既に聞き及んではいると思うが、これまでのクラスとは違い、ゴールドには特別な権利と義務が課される。一つはダンジョンに潜り戦功を積む権利。もう一つは」
公はそこで一旦切り、何か言わせたそうにこっちを見ている。ホントに気の置けないおっちゃんだなあ。
「ダンジョンに潜り常に一定の戦果を積む義務、ですね?」
「そうじゃ。そもそもこの冒険者のクラス制度自体が、ダンジョンに潜って一定の戦果を挙げられるだけの猛者を育成するために制定されたもの。それ故にゴールドに認められたものはその義務を果たす必要がある。もし一定の戦果を期間内に挙げられなければ、シルバーを通り越しブロンズへの降格となる。一から鍛え直せというわけじゃな。その代わり、ダンジョンで上げた戦功に対する報奨はシルバー以下とは文字通り桁が違う。上手くすれば小城を持つことも夢ではないぞ。まあ命あっての物種じゃがな」
そう言って、フォッフォッフォと楽しそうに公は笑う。この人にとって戦場での
武勲と死は文字通り紙一重であり、それすらも楽しみの一つなのだろう。
「汝らの所のザッパもゴールドじゃったな。奴もよくやっておるが、汝らの手が加われば奴も助かろう。これまで以上によく励むように」
「ハッ!」
「これにて堅苦しい謁見は終わりじゃ……と普段ならそういうのじゃが、実は汝らには告げておかねばならぬことがある。実は最近、ダンジョンの様子が少し奇妙なのじゃ」
そう絞り出すように告げると、公の表情に陰りが差した。「本当に困っている」というふうにだ。王侯貴族がこんな風に下々に弱みを見せるとは驚いた。あるいはこれも心理操作による人心掌握術なのかもしれないが。
「ダンジョンに巣食う無数の悪魔たち、『レッサー』どもはそこらの蛮族や猛獣より
遥かに厄介な存在じゃが、このところ、その動きに変化が見られる」
「変化、ですか?」
レッサー。俺達のこれからの敵の名前。どことなく間抜けだが、何か粘りつくような嫌な響きだ。
「複数のダンジョンに潜った冒険者からよこされている報告なのじゃがな。正直あまりにも内容がとっちらかっておって、訳が分からぬ。その中でも特に訳が分からぬのは『王が門番をしている』と言うものじゃ」
「王が」
「門番?」
目の前の公が城塞の門番をしている所を想像してみる。
「やあやあ我こそはこの城の門番を務めるアムンゼン・バルディールなるぞ。その方ら、名を名乗るが良い。……ふむふむ、なるほど。新たなる冒険者か。よろしい入城を許可する。そして城内では汝は『闇を切り裂く白き雷光』、そちらは『大海を飲み込むティタン』と名乗るが良い!……なに?嫌だ?ではこの門を通すことは出来ぬ。立ち去るが良い」
困る。
「そういう訳で、城下にダンジョンを構える余としてはこの事態を看過できぬ。そこで新たな戦力である汝らにはこの一件の調査を頼みたい。この一件はおそらく想像を超える難易度のクエストとなろう。余の戦士としての勘がそういうておる。そこで汝らには任務の助けとなる手練の者を遣わす」
そういうと公は手を叩き、誰かを招き入れた。背後の入り口から誰かが二人入ってきて、俺達の両翼に並び立つ。……出来る。まるで隙を感じさせない見事な歩法だ。
振り返るとそこには
すげえ、トロールだ。誰も知らぬ秘境の森に住み、最も精霊に近いものとして森から一歩も出ない、どころか生涯を通して一歩も歩かないと言われているあのトロールが目の前に。
「汝らにも感じ取れようが、腕の方は余が保証する。では第一陣として明後日、早速調査に出かけてもらいたい。今日一日は城内の一角を開放するゆえ存分に親睦を深め、探索に備えよ。では下がるが良い」
◇
「……ふう」
相変わらず怒涛のようなスピーチを叩き込んでくるラーシャと、常に減速魔法がかかっているような喋りのトロール、ホルンとの親睦会を終え、あてがわれた一室のベッドに横たわった。物凄い手触りのシーツと体が沈み込むように柔らかなベッドで落ち着かない。そろそろ家の寝藁の感触を忘れそうだ。
それにしても、あの喋りの時間差には参った。事態が急展開すぎてせっかく振る舞われた料理の味もわからねえ。しかし、とにかく明日だ。いよいよ俺はダンジョンに潜る。長かった気もするがあっという間だった気も
ぼにょん。
「ぶわっ!?」
目を瞑って考え事をしていると、思考をまるごと洗われるような柔らかい物にのしかかられた。この感触には覚えがある。
「マ・キ・ア・く~ん♥」
「ラーシャ!?こ、こんな時間に何しに来た!」
「夜這い」
「は!?夜這いってお前、一体何を」
「心配しなくても、既にこの部屋には結界が張ってあるからどんなに声を上げても外には漏れないよ♥あの子との仲を邪魔したいわけじゃないから安心して?」
「ハァ!?だからさっきから何言って」
「ええいもう面倒くさいわ、さっさと観念せい」
その声。その口調。まさか。
固まっているとラーシャに唇を重ねられ、そのまま舌をねじ込まれる。
そして、そこからかつての記憶を流し込まれた。
柊真希矢。享年18歳。
幼馴染の鬼灯理緒。その兄の鬼灯礼一。
生まれたときに見た母さんの顔。
生まれて初めて見た自分と同じ大きさの他人。
運動会。修学旅行。体育祭。マラソン大会。
母を捨てて出ていった父の顔。
初めて手を繋いだ記憶。
ベッドに横たわる彼女の顔。
骨を砕かれた痛みと、真っ赤に切り裂かれた喉の傷。
「120年振りに味わう前世の記憶はどうじゃ?流石にダークエルフの人生が長くなりすぎてしもうて、他人事のようにしか思えぬか」
そう言って、三日月のようにうっすらと禍々しく笑う。そこには牙が見えている。
「そんなことない。ちゃんとしっかり、この重みを覚えてるよアーちゃん」
「ふふ、久方ぶりじゃの小僧。鍛錬に励めとは言うたが、女を作れとは言わなんだぞ?」
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