第8話 その拳、地を疾走る蒼き稲妻の如し

「おめでとうございます!この度の『山賊・ガランド一党』の討伐クエスト達成によって、ゴールドクラスへの昇格が認められました!これに伴いダンジョンへの挑戦権がバルディール公より直々に授与されます!たった一年でゴールドクラス昇格はギルド始まって以来の最速記録ですね……!」


 報酬の金貨10枚を受け取ると同時に周囲から歓声が巻き起こった。リミとともに諸手を挙げて歓声に応える。といっても、何も俺達だけの手柄じゃない。今回の討伐クエストだってギルドを挙げての数十人掛かりの大仕事だったし、たまたま今回の分配ポイントで俺達が昇格したってだけの話だ。二刀ナイフ使いの鳥人バードマンアスター、ギルド一の大酒飲みで『装甲牛フルメタルタウルス』の異名を持つブラス、冒険者家業にのめり込みすぎて大教会から破門食らったホーリーエルフの僧侶シャルダン。この一年でようやく気心も知れてきたけど、どいつもこいつも一癖ある変なのばっかで、それでもその皆がいたから俺達は一年でここまでこれた。自分一人の力と皆の力。強さの形は一つじゃないって、俺はこの一年で学べたんだ。


「よっしゃー!今日は飲むぞテメエらー!!」

「「「オオーー!!」」」

「あーもう、またアンタはそうやって散財して……まあ今回はしょうがないかもね。私達だけの手柄じゃないし。謁見の準備もしないといけないんだから程々にするのよ?」


 そう言いながらも緩みきったリミのあの顔は、既に何を飲もうか算段を立ててる顔だ。こいつ酒と服に関してはむしろ俺より財布の紐が緩いんだよな。今から将来が心配だ。……うん?将来?何の将来だ。

 自分の脳裏に浮かんだ言葉に首を捻りながら、受付のリスティスさんに酒場の大口予約を頼もうとすると後ろから肩に手を置かれ、押し留められた。


「その宴会費は俺が持とう。お前達は公の御前で恥をかかぬようその金でしかと支度を整えろ。今回お前らに与えられた報奨金はそれ込みの額だ」


 俺より頭一つ高い所から渋い声で奢りを買って出たのは人狼ワーウルフのザッパ団長だった。滅多に執務室から出てこないのに珍しいこともあるもんだ。


「たった一年で追いつかれるとはな。だがゴールドはひとまずの達成点にすぎない。本当に長いのはここからだ。未だ『ゴールドのベテラン』に甘んじている俺が言えたものではないかも知れぬがな」


「押忍!ここからが勝負ってわけですね……そういえば、ゴールドに昇格したら手合わせしてくれるって約束、忘れてないですよね?」


「無論忘れてはおらん。だが今は目の前の事を考えろ。先ばかり見るのはお前の悪い癖だ。……ギルド一同に告ぐ!今宵の宴はこのギルド『ディープフォレスト・ウルブズ』団長、ロウワール・ザッパの名において行われる!酩酊と飽食を恐れ吝嗇ケチな酒を啜る者は、我が団の看板に泥を塗る者と知れ!」


 ザッパ団長がギルド全体に響き渡るような声で宣言すると、団員の盛り上がりは更に爆発的なものとなった。

 

「やったぜ久々の団長持ちだ!今日は底無しだぞー!」

「ようし今夜は極上の酒だけで飲み比べだリミリディア!今日こそ決着を付けてやるぜ!」

「フン、望むところよブラス!今日こそはその4つの胃袋全部に大穴開けて一つに繋げてやるわ!……とと、さてこうしちゃいられないわ。さっさと支度を整えないと。団長、謁見っていつなんですか?」


「公もご多忙であらせられるからな、ウチの団員が昇格したからその次の日というわけにも行くまい。そもそも、どうせ明日はお前ら全員まともに立てやせんだろうが。そうだな、恐らく一週間後あたりになるだろう。焦らず、余裕を持って準備に当たるように」


「「ハッ!」」


 胸に右拳を掲げ、ギルド流の敬礼をもって応える。さて、急に忙しくなってきたな。俺、忙しいのって苦手なんだよな。まず何から始めようか……


「よーし準備金もたんまりあるし、早速服屋に発注掛けなくっちゃ!服の方はアンタの分も私がやっといてあげるわ、前取った寸法から変わってないわよね?だからアンタはミルミスの工房に連絡取って、装飾品と武器防具の予約を発注しといて!デザインは決まり次第そっちに伝えるから!」


 言うやいなや、リミは物凄いスピードでダッシュして商業区画へ消えていった。さて、やることが決まったなら急がねえとな、ミルミス喜んでくれっかな……あいつも宴に呼んで怒られねえかな、娘さんとちょっといい仲になってきたとか言ってたし、まとめて呼んじまおう。団長はそういうことでケチケチ言う人じゃねえからな。


 そう思い、ギルドの玄関からミルミスの工房に向けて脚を向けようとしたその時、誰かにぶつかった。


「おっとワリィな兄ちゃん」


 目線を向けるとそこに顔はなく、相手の肩だった。……でけえな。団長よりデカイんじゃねえか。そう思い目線を上げると、ゾッとするほどの美貌を湛えたエルフの顔がそこにあった。俺より頭二つ分でかいエルフなんて初めて見た。

 そのエルフは、よく研がれた水晶の刃のような眼で何も言わず俺の顔を見ていた。


「えっと、どっかで逢ったことあったっけ?アンタみてえな凄そうな人、一度逢えば忘れねえと思うんだけどよ」


 言葉は軽く、しかし俺の体は無意識に戦闘態勢に入っていた。こんな街中で。この街に来て以来、腕の立つ奴はいくらでも見てきた。俺より強いと感じた奴も決して少なくなかった。それでも、街の中でこんなに全身が粟立ったのは初めての事だった。


「ようやく辿り着いたか」


 口を開いたかと思えばまたぞろ訳の分からない言葉を吐きやがる。何だこいつは。


「お前にしてはよくやったと褒めてやろう。だが遅い。その速度では届かん。此度も俺の手のほうが先になるようだな。お前はそれを後ろから見ているがいい」


 意味の通らないことを言うだけ言うと、そいつは腰まで伸ばした金の長髪を翻し、踵を返して立ち去っていった。俺はただそれを立ち尽くして見送るしかなかった。……戦闘態勢が解けない。しかし体は震え始めている。『危機は去った』と俺の本能が告げている。危機。危機だと?クソッ!


「うっわー、キミ『凍てつく血のレイジ』に目をつけられちゃったの?災難だねー。ヤバいことにならない内に荷物畳んで出ていったほうがいいかもよ」


 固まっている俺の体に、いきなり柔らかい何やらが背後から唐突に押し付けられた。そのあまりの柔らかさに体の緊張が解けてしまう。……この単純さだけはどうにかなんねえかな本当に。


「うわっと、いきなり誰だよアンタは。そんであいつを知ってるのか?」


 後ろを振り返ると、狐变化フォックステイルの姉ちゃんが背中に抱きついていた。


「むしろキミのほうがなんで知らないのって感じなんだけどね、『蒼の閃光』のマキアくん。あいつは『凍てつく血のレイジ』っていう超悪名高い激ヤバ物件なんだよ。

世界各国のダンジョンで夥しいほどの血と躯と戦果を積み上げた高位精霊術師アークメイジで、強さもだけどそのやり口が恐れられててね。任務達成のためなら敵味方の被害一切を考慮しないってやつで、そのうち誰とも組んでもらえなくなったんだけど、それ以降は一人でダンジョンに潜り続けてそれでも討伐数が全く減らなかったっていう曰く付き。クラスも最高位のオリハルコンよ」


 口を開くと怒涛のように薀蓄が溢れ出てきた。しかも俺の二つ名まで知ってるのかよ。それで呼ばれたくねえんだけどな俺。リミにも「ボッヒュヒュヒュ、蒼のブフゥ!閃光ンッフフフフフ、マキアさんって、ねえちょっとマジでサインちょうだいよもちろん二つ名込みでイッヒヒヒヒヒヒヒ」って散々腹抱えて笑われてからかわれたし「いいっすよそのかわりクレナイに舞う焔巫女ホムラミコのリミリディアさんもサインお願いしますね」つったらマジ喧嘩(※拳と術を用いない取っ組み合い)に発展したんだよな。それ以来それらの呼び名は俺達の間では無かったことになっている。誰が割り振ってんだよこの二つ名。


「おっと紹介が遅れたね、私は見ての通り狐变化フォックステイルのラーシャ。久々にゴールドにニューフェイスが加わったって聞いたから暇つぶしがてら顔を見に来たの。多分またすぐに逢うことになると思うよ。それじゃね!」


 言いたいことは全部言ったとばかりに背中を向けてラーシャは軽快なステップで立ち去っていった。なに?流行ってんのこの辻切りメッセンジャーみたいの。 

 ふと気付けば緊張も脚の震えも消えていた。何か釈然としない物を感じながらも、ひとまず頭を切り替えて、改めてミルミスの工房に脚を向けるのであった。

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