第7話 まずはチュートリアルクエストをお受けください

炎精棘鞭ファイアウィップ!」


 リミの手から伸びる炎の帯がしなやかに変化して、灰色熊グリズリーの体を捉える。マルダ婆の術とゴルヴァ師匠の技を共に学んだリミが独自に編み出した呪文だ。ただ炎精を打ち出すよりはるかに効率が良い。リーチは10m程。消えない炎に巻き付かれた灰色熊がそれでもなお怯まず突進してくるが、この術が怖いのはここからだ。


掌握グラップ!」


 追加詠唱に反応して、灰色熊に巻き付いた炎線が爆発を起こす。エグい。流石にこれには灰色熊も悶えたが、まだトドメには至らない。だから次は俺だ。土精加速アースロケットで一気に間合いを詰め、灰色熊の頭上に飛び上がる。


ケイッ!」


 がら空きの脳天に気力を込めた踵落とし。頭蓋が砕けた感触を感じ取る。ちょっとかわいそうだが、これもまた生きるため。


「ふぅ……これで4匹目か。仕留めた数だけ報酬が貰えるんだよな?」


「そうね、他の組がどのくらい仕留めてるかはわからないけど、もうちょっと探してあと一匹仕留めたら終わりにしましょうか。それなりの稼ぎにはなってると思うんだけど」


 俺達はバルディール大城塞の冒険者ギルドから受けた仕事のために、城塞から少し離れた山林に来ている。最近この一帯で灰色熊を始めとした大型の野生動物が繁殖し、麓の農村に被害を与えていると言うのでその駆除を依頼されたってわけだ。


「……とりあえずは大丈夫そうね。けど辛くなったらすぐに言うのよ、もう充分な数は仕留めたんだし」


「まーだ心配してんのかよ、もう大丈夫だって。見たろ今の体捌き?どんなもんかと思ったけど、とりあえず俺の武術は通用するみたいだな」


「だって……」


 俺のパワフルアピールを無視して、不安そうな顔色を隠そうともしない。さっきまでエゲツない呪文を振り回してた女とは思えん。そのまま足を止めて動かなくなったので、風に巻かれ金に輝く髪に手を伸ばす。


「わっ、ちょっと、もう」


「ほら行こうぜ、仕事上がりはミルミスと合流して一杯やるんだろ?あんまり待たせるとクドいお説教が始まるぜ」


 長いんだよなアレ、口調自体は冷静だけどガンガン詰めてくるし、やたら理屈っぽくて俺は言い返せねえし。そのままワシャワシャやってると、リミはようやく笑ってくれた。そのお返しにケツを蹴られたが。それから俺達は改めて次の獲物を探して歩き始めた。



「……はい、コルト・ピエラ組がクロオオツノ1匹、モール・シャイア組がノルドオオカミ3匹、マキア・リミリディア組が……えっクロオオツノ3匹に灰色熊2匹!?」


 仕留めた証拠の角やら爪やらを提出すると、依頼主のコボルトの農夫さんに結構驚かれた。他の組の報告を聞いてる分にも、やっぱ俺達が一番多かったらしい。


「いやあ最後のはデカかったなあ、流石にちょっとヒヤッとしたぜ」


「まさか掌握グラップを受けてまだ突っ込んでくるとは思わなかったわ……

もうちょっと対生物魔法の運用を突き詰める必要があるわね」


 長年修行した甲斐があったってもんで、俺達の腕は駆け出し冒険者としてはそれなりに図抜けたものとして評価されそうだ。ギルドの窓口に依頼主から受け取った達成証明書を渡した時も、係のエルフのねーちゃんから結構なリアクションを頂いた。


「初仕事でこれとは驚きですね……これならクラスもすぐ上がりますよ。ダンジョンに潜れる日も遠くなさそうですね!」


 報酬の銀貨50枚を受けとり、俺達は冒険者ギルドをあとにして、待ち合わせ場所の酒場に向かって歩き出していた。一日山に篭ってたもんで既に夕暮れ、城塞の高い壁から伸びた影が街を覆いだしている。辺りには夕餉の匂いが漂いだし、市街の人達も皆一日の仕事を納め始め、それぞれの家に帰ろうとしている。里のそれとは少し違うけど、皆が暮らす場所には必ずある優しい時間だ。


「銀貨50枚か……これって多いのか?」


「今泊まってる冒険者ギルドの下宿が一日銀貨一枚だって考えたらまあ十分な稼ぎでしょ。最後の灰色熊二頭が効いたみたいね。これならしばらくすれば貯金も出来るわよ」

 

 貯金かあ。先日アルメストの市場で見た緑のローブを思い出す。すぐにってわけには行かないけど、少し頑張れば手が届きそうだ。……俺もなんか買ったほうがいいのかな。ずっと里の伝統衣装でここまで通してきたけど、結構ジロジロ見られるんだよな。


「アンタの場合はある程度目立つのはしょうがないわよ。大戦が終わったとは言え、やっぱりダークエルフの殆どはまだそんなに外界に心を開いてないし、出て来てる数も少ないからね」


 自分の服装に目をやっているとリミがそんなコメントをよこしてきた。そういうもんか。リミと冒険者ギルドに始めて行った時も割と遠慮なく見られたもんな。


「エルフとダークエルフの組み合わせってなるとなおさらよね。友好条約の締結に伴って交換留学生制度を程度には、まだまだ両種族は打ち解けあってはないから」


 完全に里に馴染みきっていたリミにそう言われてもあまり説得力がないんだが。

けどそう言われるとアレは、かなり色々と上手く行った結果だったのかもしれない。少し何かが違っただけで、今こうなってはいなかったのかもしれない。そう思うと、横を歩くリミに、なんというかその、感謝の気持ちみたいなものが湧いてきた。再びリミの金色の髪に手を載せる。


「ん……、ちょっとアンタね!度々それやるけどその度に手入れするの割と大変なのよ!私より頭3つ分でかくなったくらいで調子に乗るんじゃないっ!」


「いってえ!」


 リミの膝蹴りが容赦なく太ももに飛んでくる。師匠の手解きを受けてから、この蹴りは加速度的に鋭さを増してきていて、結構頑張って鍛えた俺の体にも結構刺さる。あんとき気軽に師匠の小屋に連れて行かなきゃよかったか。


 酒場に着き、適当に酒と料理を注文してリミと今後のことについて話し合っていると、丁度ミルミスが鍛冶屋の初仕事を終えてやってきた。多少疲れてはいるが、その目には後ろ暗いところはない。

 最初に送っていった時も見たが、頑固で厳しそうではあるけど悪い人には見えないドワーフの親方だったのでまあ大丈夫だろう。


「おうミルミス、どうだった初仕事は」


「うん、最初はひよっこ扱いされてどうしようかと思ったけど、ガスティス兄さんの仕込みのお陰で工房にもなんとか馴染めそうだよ。ダークエルフの冶金技術とドワーフのそれはやっぱり結構違ってて、お互いに有益な技術交換ができそうだよ」


「でしょうねー、ドワーフも相当なもんだけど、ダークエルフの作る武器防具ってかなりユニークというか、独特な性能してるもの。市場にもめったに出回らないし、ダークエルフの弟子なんて向こうも初めてだろうから、重宝されると思うわよ」


 そうこうしている内に注文した料理が運ばれてきた。城塞に着いた日も感じたけど、やはり料理から何から里とは違う。でもこれはこれで俺は好きだし、自分でもびっくりするくらい受け入れられていた。それは多分良い事で、そう育ててくれた母様に心のなかで感謝する。


「それでは、初仕事成功を祝して!」


「「「かんぱーい!」」」


 盃をぶつけ合い、中に満たされた金色の酒を煽る。


「……プハっ!へえ、これが酒かあ。初めて飲んだ」


「えっ」

「えっアンタそうだったの?ダークエルフってお酒飲まなかったっけ?」


「いやあそんなことないぞ、ディンギルさんとか里で作った酒でしょっちゅう酔っ払ってただろ。ただ、ウチの家には一滴もなくてさ、母様に聞いたけどなんにも答えてくれなかったんだよな」


「それって……」

「……アンタはあまり飲みすぎないようにね。それ飲んだら他の飲み物貰いましょう」


「お、おう」


 まあいいや。皿に盛られた肉料理にかぶりつく。ソースの掛かった料理ってのはこっちに来て初めて食べた。里では基本塩しか使わなかったし、それもマルダ婆の作る分に頼ってたからあまり量はなかったもんな。


「うめえ!……はいいけど、これ何の肉なんだ?なんか食ったことある気もするんだけど」


「それは鶏肉よ。トリ。まあ里でも鳥はたまに食べてたから近い感じはあるでしょ」


「トリ!?城塞じゃこんな丸々太った鳥が採れるのか……こいつ普段どうやって生きてるんだ?森で生きていけるのかこんな太ってて」


「あー、それは野生の鳥じゃなくて、そういう風に専用に飼育されててね、特にこの種は繁殖生産効率が良くて……」


 そこからは酒と料理を楽しみながら色んな話をした。

 ミルミスが最初は見た目で侮られて金鋏も持たせてもらえなかったけど鉱石の運び方で認められたこと、親方の娘さんが同じ血を引いてるとは思えないくらいに華奢だったこと、ギルドマスターの片目の人狼ワーウルフが只者じゃなさそうで、いつか手合わせして貰おうと思っていること、一緒に仕事をした妖精ピクシー鬼人オーガのタッグが俺達以上の凸凹だったこと、リミが急斜面でこけて顔面から突っ込んだこと、それを笑ってたら木の枝に頭をぶつけたこと、受付のエルフのねーちゃんの乳がデカかったこと、それから……




「ふぁー……なによ、あたしゃまだのめるわよぅ、タルでもってきなさいよタルでぇ……」


「お前が先に酔い潰れんのかよ、調子に乗ってガバガバ飲むからだ。けどミルミスも同じくらい飲んでたのに全然潰れなかったな……」


「うっしゃいわね、きのうはこんでやったんだからしっかりはこびなさいよぅ、はいよーしるばーぁ……」


「へいへい、お姫様」


 ミルミスは一足先に住み込みの工房へ帰っていった。なんでも門限があるらしい。共同生活ってのは色々大変だ。この背中の重みもその一つってわけか。


 相変わらずリミは軽い。いや、そう思えるほどには俺が強くなったのか。俺はその事実にひとまず満足感を覚えていた。これは、俺がずっと望んでいたことなのだと。俺はこうありたかったのだと。子供の頃からずっとだ。理由はわからない。気付けば俺は短い手足で村外れの崖に必死に食らいついていた。何度も失敗して、傷だらけになって、それでも母様は一度も止めなくて。登り始めて一年目でようやく崖っぷちに手をかけられた時の気持ちは今でも覚えている。


 下宿に着き、リミに割り当てられた部屋に入る。コンビだからって隣の部屋ってのはどうなんだ。なんともおおらかな話だと思う。いつの間にか背中で眠っていたリミをベッドに移し、シーツを掛けてやる。酒で緩みきってだらしない寝顔だけど、昨日みたいなのよりはよほどいい。俺の体によりかかり、眉根を寄せて眠っていたあんな顔よりは。俺も今日はよく眠れるといいんだが。


 自分の部屋に戻り、木戸を開いて外を見る。この部屋は三階にあるので寝静まった街並みも空もよく見える。今夜は雲もなく、星と月が綺麗に輝いていた。


 これも里では中々見られなかった光景だ。木々の狭間から見るよりも、月を囲う

三つの輪がくっきりと見える。その姿は威厳に満ちていて、煌々と夜空を照らしていた。


 しかし、その月の光よりずっと強く、俺を捉える光がある。城塞の果ての壁の向こう、さらにその奥から誰かが俺を見ている。今気付いたわけじゃない。今朝起きてからずっとだ。朝飯食ってた時も、山で狩りをしていた時も、酒場で騒いでいた時も、片時も見失うことなくずっと。リミが気付いている様子もなかったということは、こいつは俺だけを見ているのだろう。俺はきっとこいつのところに辿り着かなければいけない。意識より深い、魂の部分でそう感じる。

 

 その瞳は、昨日のように飢えた獣のようなものではなく、まるで母様のように優しく慈愛に溢れる包み込むような輝きで、夜よりも遥かに高い所から俺を見ていた。

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