第2話 愛は第三宇宙速度を越えて

「さて、それでは仕切り直して本題に入るとしようかの」


 元の幼女サイズに戻り、再び胡座をかくアーちゃんことアースラ様。しかし先程の超巨大化アーちゃんのイメージが脳に焼き付いて、最初に見たときより大きく見える。つまり僕はすっかりこの目の前の幼女に精神的に飲まれてしまったらしい。いや無理もないけど。天体サイズの存在を前にして、一生命体でしかない軟弱ヒューマンの僕に何が出来るというのか。気が付けば座り姿勢も胡座から正坐にシフトしていた。


「少々クスリが効きすぎたかの。まあこの際都合が良い。いちいち歯向かわれては面倒だからの。さて、主よ。改めて聞くが、主は自分がなぜこんな所に送られてきたのか分かるか?」


 理由。ここにいる理由。謎のファンタジック宇宙空間で非現実的美幼女(ウルトラ一族の可能性あり)に正坐でガン詰めされている理由。ここがあの世なら当然その原因は生前の行いにあると思うのだけど、ここまでカオスな世界に飛ばされるようなことをしただろうか。記憶が曖昧であることを差っ引いても、そこまで破天荒な生き方をした覚えはなかった。


「ただ死んで現世の罪を裁かれるために、ってことではないんですか?」


「違うのぅ。そもそも主の世界の死人全てがここに送られてきておったら、いくら我らと言えど手が足りぬ。通常は死ねばその星の魂魄圏に回収され循環するだけじゃ」


 途中までは納得できる説明だったが、急に耳慣れない単語が出てきた。いよいよ

ファンタジーRPG染みてきたなあ。あんまりゲームやらない方なんだけど、ついていけるだろうか。


「こん……ぱく、けん?ってなんですか?」


「知らぬか。まあ当然よな。主の世界はかつて無根拠に魂の存在を信じていたが、今は世界の理を探求する過程にあり、一時的に魂の存在を見失っておる。主らの世界が星と魂の繋がりを知るには、今少し時を必要としよう。それまでに滅ぶことがなければ、の話だがのぅ?」


 再び口を三日月のように薄っすらと開き、禍々しく笑うアーちゃん。

その言い様は「撒いた種の内、何割が芽吹いて収穫できるか」を考える農夫みたいで、文字通り存在の次元が違うのだと背筋を伝う冷や汗の感触とともに改めて思い知らされた。こわい。「人間は魂の状態でもおしっこをちびれるのか」という哲学的命題に思いを馳せる。


「まあいきなり言われてもそう鵜呑みに信じられる話でもなかろうが、少なくとも主は今、かつて自分がいた物理的世界では到底ありえぬ体験をしておろう?それを以てとりあえず飲み込んでもらいたい。話が進まんからの。で、じゃ。肉体が星の引力に引きつけられるのと同じように、魂には魂の引力がある。肉体が滅んだ魂は、肉体と魂の結合が崩壊した時の衝撃で天に打ち上げられ地を離れるが、地に生きる無数の魂の引力に引き止められ、一定距離より離れることなく星の周囲を漂う。惑星の周りを回る衛星のようにの。そして、周回しながら最初に空に打ち出された時のエネルギーを全て使い果たすと再び地に還り、新たな生命として生まれ変わる。この魂の循環により星を覆うように形成される巨大な渦層を、魂魄圏と呼ぶのじゃ。ここまでは分かったかの?」


「わかりません」


 分かるわけがなかった。壮大過ぎる上に全てが自分の知る常識から外れすぎていて、何一つイメージできない。つい最近まで「エロ動画も見すぎて、普通に全裸で

セックスしてるだけのAVじゃ興奮しないなぁけどあんまり特殊な方に行くのもヤバいよなぁ」とか深夜に独り自分の部屋で呟いた次の朝、梅雨の日の登校時に隣を歩く幼馴染の濡れたシャツから見える青いブラ透けに言葉も出ないほど興奮していた青春真っ盛りの高校生の理解力を考えて頂きたい。あの時の衝撃は未だに夢に見る。……効いたなあアレは。普通そういう時って精々ビンタじゃん。なんで左手に傘持っててあんな腰の入った正拳中段突きを正確に脇腹に打てるの?


「……まあとにかく、死んでもすぐ同じ星の別の生命として生まれ変わるだけで、いちいちこんな所に飛ばされたりは普通せんということじゃ。それだけ分かれば良い」


なるほど。信じるかどうかはとにかくそれなら理解できる。しかし、そうすると


「今の僕は普通じゃないんですか?」


「うむ。極稀に、魂魄圏から外れてしまう魂というのが出てくる。理由は様々じゃ。地にある多くの魂から忌み嫌われ引力を失う魂、生前の偉業によって魂が大きくなりすぎたせいで魂魄崩壊時の衝撃まで大きくなり、引力を引きちぎってしまう魂などがよくあるケースじゃな。そういった『はぐれ魂』を別の魂魄圏に誘導したりするのが我らの役目の一つでもある。じゃが、主の場合はその中でも更に特殊なケースでの。少なくともわらわはこんな例を知らぬ」


 そういうと、アーちゃんが表情を少し翳らせた。それは、想定外の事態に戸惑っているというよりも、近しい人を急に亡くして悲しんでいいのか驚いていいのか分からず困っている人のような、静かに濡れた表情だった。

 さっきまで傲慢に威厳と神々しさを振りまき放題していた人に急にそんな顔をされると、恐ろしく不安になるから止めてほしい。


「確かに主は平均より少々離れた死に方をした。しかし前例がないと言うほどではない。あるといえばまあそれなりにある死に方じゃ。魂魄圏を脱するには到底足りぬ。それは主が死んだ瞬間のデータを見ても明らかじゃ。そこまで強力な魂魄崩壊は起きておらぬ」


 そう言いながら掌の上に何か透明なスクリーンのようなものを作り出し、そこに映された文字列を確認するアーちゃん。閻魔帳のようなものだろうか。


「しかし、そういった記録を無視するかのように主は現に今ここにおる。さらに不可解なことがもうひとつあっての。何故か、ある魂魄圏とそこの管理者が主を指名してきておるのじゃ」


「指名、ですか?」


「うむ、指名……というかな。まあ見たほうが早かろう」


 そういうとアーちゃんはもう片方の掌にもう一つスクリーンを映し出し、それを僕の方に投げよこしてきた。そこには以下のように書かれていた。


・事態は急を要する。今はまだ問題の規模は許容範囲内に収まっているが、そこに至るまでの拡大速度は過去に例を見ないものだ。対処出来るタイミングは今しかない。

・長年保たれていたバランスが根本から倒壊しつつある。我々の数億年の営みが灰燼に帰そうとしている。

・そちらのマニュアルを疑うわけではない。現に受け渡しの際のチェックに異常は認められなかった。しかし、現に問題は起きている。一刻も早く当該担当者による説明と事態解決のための協力を要請したい。

・さっさと関係者でも当事者でもなんでもいいからこっちによこせ。

・それが無理なら責任者のお前が来い。

・こちらは既に最悪の事態を想定して動いている。今はまだ抑制できているが時間の問題だ。魂魄圏崩壊にまで発展すればそちらもただではすまんぞ首の一つや二つで収まると思うな

・六千万年ぶりにようやく取れたと思った休みがパーだ、予約していたグレートウォールツアーのキャンセル料をどうしてくれる。俺の妻と子供も泣いている。何もかもお前のせいだ

・上司が失踪したので繰り上げで俺が昇進した。おめでとう俺。さようなら俺。

・同僚が一斉に育児休暇願いを提出してきた。中には独身のやつもいた。一体お前はどこの誰を育てるんだむしろ俺が赤ん坊になるから俺を育てろ

・なんでもいいから早く来て

・たすけて


「……。」

「……。」


かみさまのせかいもたいへんなんだなあとおもいました。


「あの」

「なんじゃ」

「これは指名というよりもいわゆるひとつのクレーム案件というやつでは」

「いやこれはもはやSOSじゃろ」

「神様でもどうにもならないことってあるんですか?」

「我らが『かみさま』かどうかはさておき、存在が大きくなれば取り扱う事象も大きくなる。結果、相対的には何も変わらなくなるのじゃ」

「なんか内容が抽象的かつ断片的で何が起きてるのかさっぱり分からないのに、ヤバい雰囲気だけはバリバリに伝わってくるんですけど、向こうで何が起きてるんですか?」

「指揮系統も情報管理も何もかもが混乱しておって、外部からは何も分からぬ。とにかく現地に行って調査してみるしか無いのじゃが、誰が見てもドス黒すぎる案件なので誰も行きたがらぬ。そうして後手に回る内に余計に事態が悪化する。その最悪の悪循環から漏れ出るようにかろうじて届いたのがお前の指名じゃ」


スクリーンがクリアされて、文字列が更新された。そこにはこう書かれていた。


・マーくん■■■はやくきて


 マーくんという呼び名の横に、何かバーコードのような黒い模様が刻まれている。恐らくあの部分に、僕の個人情報というか魂の管理番号みたいなものが記されているのだろう。


「確かにこれは僕のアダ名ですけど、これ僕が行かないと駄目なんですか」

「我らもその点については総出で首を傾げざるを得んのじゃが、こうなればもうお前に行ってもらうしか無い。……でかい面と図体をしておいて、主のような存在に頼らねばならんことは、すまんと思うておる」


 そんなこと言われても。本当に僕さっき目を覚ますまで何の変哲もない高校生だったんですよ。購買で焼きそばパン買うのにダッシュして、テレビでお笑い芸人のネタをツレとしたり顔で論評して、英語の教科書の一生使わないような英文をバカなりに必死に和訳して、エロ動画のリンクを次から次へと飛んでる内にスマホが通信料上限に達したりして、球技大会でいいとこ見せようとして本気でムキになって、本気で好きだった幼馴染の手をやっと握れたような、自意識だけが先に立ってその実まだ何にも身に付いてない高校生の僕が、こんな訳の分からない事態に放り込まれて一体何をどうしろと。


 冗談ですよね?みたいな顔でアーちゃんの方を見たけど、アーちゃんはまたさっきの、静かにこちらを憐れむ顔をするだけで何も答えてくれない。


 えーマジでー……?いやこれ他人事だと笑えるけど、これの当事者が本当に僕だとすると、洒落になってないのでは。 

 なんだか急激に不安になってきた。気付いたら膝が曲がっている。と言うか笑ってる。まっすぐ立てない。そのままバランスを崩して尻餅を


ふわりと、不意に背中を暖かく包まれた。

アーちゃんに後ろから抱きすくめられていた。

お腹に、アーちゃんの両手の平が添えられている。


「大丈夫じゃ、そう、不安がることはない。妾がついておるからの」


そう囁かれるだけで、本当になんとかなる気が少しだけしてきた。

我ながら単純なものだと思う。


「……そうは言いますけど、本当に大丈夫なんでしょうか。僕マジでただのパンピーなんですけど」

 

「ふむ。慰める訳ではないが、本当にそう希望がない話ではないぞ。主の記録を洗ってみたが、どうも主は魂魄圏から弾き出されたというより、外から引きずり出されたような形跡がある。そしてその引きずり出した力の発生源はまさしくこのブラック案件の星じゃ。だからこそ先方も主を指定したのじゃろう」


「ええと、つまり?」


「何者かが主を呼んでおる。これは主の魂の物語、その一小節なのじゃ。主の物語は、地上のあの顛末ではまだ幕を下ろしてはおらん。主は、主自身のためにそこへ行かねばならぬ。己が招いた望まぬ結末を己自身で否定せよ。確かそれを、主らの言葉では「贖い」と呼ぶのじゃったな?」


自分のために。自分が望む結末を。自分の罪の贖いを。

……今度こそ。

いつの間にか、膝は伸びていた。手を握る指に力がこもる。


「……覚悟はできたようじゃの。それでは今より、主の魂を問題の星へ転送する。そしてそこで、新たに赤子として生まれ変わるのじゃ」


ちょっと安心して油断したところにまた聞き捨てならない一文が紛れ込んできた。


「えっちょっと待って赤ん坊からやり直しなんですか!?こういうのって普通今の年齢のまま色々ボーナスポイント貰った上で再スタートとかじゃないの!?ていうか今から赤ちゃんって、それで間に合うんですか!?」


「やかましい!その歳になるまでダラダラ何者にもならず生きてきたツケだと思え!1から修行して積み直さねば、今の主では報告されておる事態解決には到底届かんのじゃ!時間に関しては心配するな、妾の力で事態発生より少しだけ過去に送る!それでも間に合うかは五分五分じゃがの!」


アーちゃんが語気を強めると同時に、お腹に添えられた掌がクラッチに変化する。

優しく回されていた腕に力が入り、荒縄で締め上げるようにウエストを固定される。

この姿勢、覚えがある。

トラウマとともに体に染み付いている。


「良いか!これから始まるのは全て主らの魂の繋がりが導く必然じゃ!怠惰を捨てよ!情熱を抱け!魂に火を灯し続けよ!そうすれば、必ず事態は最良の結果に帰結する!それが、この世界の、宇宙の、魂の法則なのじゃ!」


視界が高速に下へスクロールする。

つまり、自分が高速で上へ移動している。

そのまま流れるように後ろへ、下へ。

パノラマに180度展開するファンタジック宇宙。

意識が吹っ飛ぶ寸前に、優しく囁く声を聞いた。


「安心せよ。妾もすぐにゆく。じゃから、安心して、飛んでいけぇーーーーい!!」


 金髪のじゃロリ幼女のヤクザキックに続く必殺技第二弾。

 時間も宇宙も突破する、投げっぱなしジャーマンスープレックス。


 かくして僕の魂は、光速を超えて遥か彼方の星へ投げ飛ばされた。

 これから見たことも聞いたこともない星で新たな人生を始めるというのに、何故か僕は薄れ行く意識の中で、奇妙なノスタルジィに包まれていた。


 確かあの時も雨で外の体育が中止になって、男女合同での体育館授業になったんだよなあ。実質自習みたいなもんだったから皆テンション上がっちゃって、更にそこに分厚い体育マットが出しっぱなしになってたもんだから、そりゃプロレスごっこになるよなあ。そして理緒ちゃんがそれに乗ってこないわけないんだよな。伊達に「炎の女帝エンプレス」なんてRNで呼ばれてないよな。プロレス同好会に助っ人で呼ばれるたびに会員抑えてメイン張ってたし。全員がそれに納得してたし。

 あの時も10mくらい飛んだっけなあ。投げられた先が体育マットだったのと鍛錬してた受け身でどうにかなったけど、今度は上手く着地できるかなあ……


 

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