第1話 金髪のじゃロリ幼女の熱いヤクザキック

「起きよ」


目覚めよと呼ぶ声がする。

しかし目覚めたくなかった。

何か、ものすごく目を覚ましたくない理由があった気がするのだ。

今日英語のテストとかだっけ。いや全校マラソン大会の日かもしれない。なんでわざわざ真冬にやんのアレ。そりゃ燦燦と日差しの眩しい真夏日にやられても困りますけど、だからって真冬でなくてもいいじゃん。丁度いい間ってあるじゃん。敢えてストレスを科すことで人間を強く鍛えるってのは分かりますけど全校マラソンの時点でもう充分キツイじゃん。10km走るとかそんなん人生のどのタイミングでやっても辛いじゃん。そこにわざわざ天候ダメージまで加算しなくても良いじゃん?もっと春か秋のちょうど良い気温の季節を見計らって


「じゃんじゃんじゃんじゃん五月蝿いわさっさと起きんと豆板醤で甘辛く炒めるぞ

こんボケがーーーーー!!!」


「ゲブゥッ!!」


グニャグニャ寝てるところを強烈に蹴り上げられた。

しかも横腹とかじゃなくて背中を。

その結果ほぼ垂直に2mほど浮き上がった。

えっ今仰向けに寝てた気がするんだけどどうやったの?

あまりの激痛と驚きで目を開けると、その理由だけは判明した。


 そこは宇宙空間だった。

 いや18歳の高3の知識では「恐らく宇宙空間であろう」と推察するのが限界だってだけで、本当の宇宙空間なんて見たこと無いから断言はできないんだけど、なんかそれっぽい空間だった。

 漆黒、というよりも若干藍色がかった背景の空間に星々が輝いている。遠くの方にはなんか土星っぽい星も見える。……あれ、でも土星ってリングは一本じゃなかったっけ。なんか3つくらいあるんだけど。今度は真っ白い尾を引いて流星が横切っていった。いやよく見たら流星じゃなかった。だって羽生えてるし。流星って確か羽は生えてなかったよね?


 ……どこだここは。さっき目を覚ましたはずなんだがここも夢なのか?


 「ようやく起きたか、散々待たせおってからに」


 声がした方を振り向くと、そこには現状に追い打ちをかけるかのように輪をかけて非現実的な存在が立っていた。


身の丈は140cmほど。

腰すら越えて膝裏まで伸ばされた、光輝く白金の髪。

前頭部と後頭部に左右二対、計四本の黒い角が生えている。

瞳は血のように紅く、肌は彫刻のように滑らか。

 和風というよりもインドっぽい着物を着崩し、大胆でありながら決して下品ではないように肌を露出させている。

 その顔つきは傲岸不遜に猛々しくも、どこかそれが不釣り合いに感じられるように若々しい。何より体つきが年端も行かない少女そのもので。

 

一言で言うと非現実的金髪幼女だった。


「……ええと、君は誰?そしてここはどこ?」

 

「全てぬしの無意識の願望が生み出した脳内幻想だと言ったらどうする?」


「ペドフィリア罪で警察に出頭して然る後、適切な隔離施設への入所を希望します」


「ふむ、思ったより常識と理性と、冗談を言えるくらいの余裕も残っておるようじゃな。経緯が経緯だけにどうなるかと思ったが。まあある意味で現実ではないが、お主の性欲のみが具現化した世界だというわけでもないから安心せい」


 目の前のパッキン幼女が、その美しさに似つかわしくないほどに獰猛に口を歪ませて笑った。薄く凶悪に開いた口の隙間からキバが見える。

 状況があまりにも突飛すぎて全く頭がついていかないが、同時に目の前の存在があまりにも美しく恐ろしすぎて目が離せない。一瞬でも目を離せば食われてしまいそうだ。


「ほれ、きちんと説明してやるゆえ、楽にせい。少々長くなるからの。儂もこの役割は久々でな。まったく面倒というのは忘れたころに巡ってくるものよ」


 幼女が胡座をかきながら言う。彼女から漂う気品にはあまり似つかわしいとは言えない姿勢だが、何故か最初からそうだったというように妙に胡座が似合っていた。

 僕も同じように足を崩して座ってみたがどうにも落ち着かず、明らかに自分より年下としか思えない目の前の幼女に、圧倒的に貫禄で劣っていた。


「まずここは、主の国と主自身の信仰で色々変わってくるので面倒じゃが、ひらたく言うところの『あの世』という奴じゃ。この周囲の光景は主の『死後の世界観』を抽出して映し出したものよ。……死後の世界のイメージが幻想宇宙とは、平均からすると少々逸脱しておるな。主の世界からここに来ると、大抵は雲の上で天使が舞う天国か、血の池と針の山が広がる地獄になるのじゃがな。その場合担当官は大体どっちもヒゲモジャのおっさんになるので長らく儂が呼び出されることはなかったのじゃが、主のこのイメージに似つかわしい存在は希少なようでの。ちょうど暇しとった儂が呼び出されたというわけよ」


 怒涛のように色々説明され余計混乱しそうになったが、聞き捨てならない情報が含まれていたので、かろうじてそこだけは理解できた。


「僕、死んだんですか」


「うむ。そうして自我が連続しておると実感しにくいかも知れんがの。死んだときのことは覚えておるか?」


 死んだ。僕は死んだのか。どうやって死んだのか。……思い出そうとしても、すぐには何も浮かんでこない。自分の死因を忘れることなんてありうるのか。いや死んだのはこれが初めてだからありうるもクソもないけど。

 死因は思い出せない。けど、何か引っかかるイメージが有る。

 手に持った包丁。

 血の海。

 鉄パイプ。

 安らかな顔。

 悲しそうな顔。

 この人達は、誰だっただろう。

 この人達は、とても大事な人達で、決して手を離したくない人達で、でも今はもう


 カン――。

 

 何か硬いものを強く打ち鳴らしたような、甲高い音がした。

 空間を洗浄するような一拍。

 気付けば僕のイメージと、感じていた強烈な吐き気も消えていた。

 音のした方を見ると、彼女が両手を祈るように合わせていた。

 角と牙を持つ凶悪そうな少女の外見でありながら、その神秘的な佇まいは高貴な

神像を思わせた。

 

「……少々無理をさせたようじゃの。急にすべてを思い出さずとも良い。段階を踏んで理解させてやるゆえ、今は座るが良い」


 気づけば、僕は頭を抱えて地面(といっても空間に浮かんでいるのだが)に蹲っていた。改めて、胡座をかき直す。


「そう言えば名前も名乗っておらなんだな。はてどれを名乗ったものか。……ふむ、そうさな。儂の名はアースラという。特別に気安くアーちゃんと呼ぶことを許すぞ」


「バーちゃん?」


「アーちゃんじゃっ!!」


幼女のヤクザキックが目に見えぬ速度で僕の顔面に飛んできた。

気付いたらふっとばされていた。

 この空間は貧弱な僕のイメージで構成されているせいか、いっちょまえに物理法則は宇宙空間のそれが適用されているらしく、全く減速することなく空間を突き進んでいく。すわ、このままでは永遠に止まることなく後方回転しながら(ヤクザキックが座っている僕の顔面に突き刺さったため)飛んで行くのかと思ったが、しばらくすると真っ白な壁に僕の後頭部が突き刺さることで停止した。

 壁から頭を引き抜いて上下左右を見渡すと、視界の続く限り巨大な白い壁が広がっていて、これがこの世界の果てなのかと思っていると、今度は白くて顔のない龍のようなものが二匹同時に突っ込んできた。

 死後の世界でもう一度死ぬのかと思い覚悟して目を瞑ると、その二匹の龍は優しく僕の背中を挟み込んできて、ここまで来るとある有名な仏教説話から想像がついたので目を開けてみると、そこには視界に収まりきらぬほどの巨大なアーちゃんの顔があった。二匹の龍はアーちゃんの指だった。


「……改めて名乗るぞ。アーちゃんじゃ。短い間じゃがよろしくな、小僧」


「よろしくお願いします」


いっそこのまま食われたら気持ちよく昇天できるのでは、と思うくらいに怖かった。

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