前世で人を殺したら罰として転生先がダークエルフになった
不死身バンシィ
第0話 ゼロ・スタート
幼馴染の理緒ちゃんが殺された。
ある日突然理不尽に、首を絞められて殺された。
彼女は決してそんな死に方をしていい人間ではなかった。
皆が彼女をそれぞれに愛していた。
赤みがかった少し癖っ毛のショートカットに小麦色の肌。ぐるぐるよく動く大きな
黒目。ローファーよりもスニーカーが似合い、フレアスカートよりもホットパンツを選ぶ。
太陽を思わせるその容姿にふさわしく、その心も太陽のように熱く激しくて、そして優しい女の子だった。
友達が付き合っていた男に酷い捨てられ方をしたと聞けば相談に乗ってやり、最終的にはその男にボディーからのアッパーを叩き込み、ダウンした所をジャイアントスイングで投げ飛ばした。
マラソン大会中に一緒に走っていた子が足を挫けばすぐに背負って走り出し、そのまま完走したどころか勢い余って9位にランクインした。(レギュレーション違反により両名失格)
学園祭でガールズバンドをやるからボーカルをしてほしいと頼まれた時もノータイムで引き受け、その圧倒的な声量をベースにしたパワープレイで大いに盛り上げライブを大成功に導いたが、後日近隣住民から苦情を寄せられたりした。
基本的に、少しやりすぎてしまう性格だった。
いっつも走り回ってて、あんまり後先は考えないで、話す時はまるでこっちの目の奥を覗き込んでくるように前のめりで。誰かを放っておくということが出来なくて、いつも誰かの手を掴んで引っ張っていた。
その力任せに引っ張っていく手のぬくもりと心強さは、誰よりも僕がよく知っている。彼女に一番多く手を引かれたのは他の誰でもない、この僕なのだから。
雪の降る日、少し薄暗くなった下校路で初めて自分から手を握った。
その時の温度が、いつもとはまるで違うものだったのをよく覚えている。
本当に燃えてるみたいに手が熱くて、あまりの熱さにびっくりして顔を覗き込んだら「何もそこまで」ってくらいに挙動不審でまともにこっちを見られないようだった。少しすると落ち着いたのか、頭一つ分低い位置からちょっと怒ったような顔で目を合わせてくれて、手を力いっぱい握り返された。手が砕けるかと思った。
ようやく彼女の横に並べた。この熱さに負けないように、強くあらねばと心から思えた。
そんな理緒ちゃんが殺された。
犯人は彼女の兄だった。
理緒ちゃんが太陽のような女の子だとすると、この兄は月のような男だった。
その優秀さと勤勉さであらゆる物事を精確に冷徹にこなし、誰よりも高く評価され、それ故に周囲に誰も寄せ付けず、誰も愛さず、自分の目的のためだけに動く人間だった。
しかし、例外が一つだけあった。
彼もまた彼女を愛していた。
いや、ある意味で最も彼女を愛していたのはこの兄だったのかもしれない。
彼はこの世で彼女以外の何も愛してはいなかった。おそらくは実の両親ですら。
彼女だけを愛していた。そしてそれ以外の全てを拒絶していた。
太陽の輝きを独り受け、夜を最も強い輝きで支配する月のように。
だから、自分以外の存在に彼女の光が向けられることを許せなかった。
第一発見者は僕だった。
朝、頼まれて家まで迎えにいったのに中々起きてこない彼女に痺れを切らし、植木鋏の下に隠されている合鍵で玄関を開け、彼女の部屋に入った。
彼女は衣服を荒らされ、顔に涙の跡を残し、慈しみと悲しみを同居させた表情でベッドの上に横たわっていた。
そこから先のことはあまり明確に記憶できていない。
まるで無造作にハサミを入れられた映画のフィルムのように、前後のつながりすらあやふやで、全てのシーンが断片的だった。
救急車だけ呼び、警察には通報せずに駆け出した。
幼い頃、いつも三人で遊んでいた空き地。
その横にある廃工場。
手に持った包丁の違和感。自分の家のものじゃないから仕方がない。
彼もまた、何もかもを間違ったというように、独り何をするでもなく立っていた。
まるで空間にポッカリと空いた孔のように、世界の全てから断絶されてそこにいた。
照らす太陽を失った月の残骸。
虚無そのものとなった彼女の兄を見て、ようやく見失っていた自分の現状を把握できた。
同じだった。僕にももう何もない。
まだ18年しか生きていない人生で、価値があると言えるものなど彼女との思い出以外にはなにもなく、その後に何かを積み上げられる気もしなかった。
廃工場に二人、終わった人間が立っていた。
彼は手に持った鉄パイプを、まるで初めて見たかのように持て余していた。
実際、エリートそのものである彼にとって初めて手にするものなのだろう。
僕もまともに料理なんてしたこともないからお互い様だった。
二人同時に、咆哮を上げて駆け出した。
なぜ彼を犯人だと断定できたのか。
理緒ちゃんは皆に愛されていたから、憎しみで殺されるはずがなかった。
なら殺される理由は愛しかなくて、殺せるほどに深く理緒ちゃんを愛していた人間は
この兄以外に居るはずがなかったから。
喉を切り開かれ、血溜まりに沈む彼の安らかな顔を見て、ようやくそれを確信できた。最後に残されたのがそんな答えだった。パトカーのサイレンがうるさい。もうそんなに時間が経っていたのか。日本の警察は僕が想像するより優秀だったらしい。逃げようにも両膝と右肩を砕かれて這いずることすら難しい。左手一本で逃げなければいけないほどの理由もなかった。ならもういいだろう。残された力で喉に包丁をあてがう。他人の首は思ったより簡単に切れたけど、自分の首となるとどうだろうか。けどそれぐらいは最後の力でやり遂げよう。横たわる兄の顔を見る。貴方と同じ傷で死のう。そして二人で彼女に謝りに行こう。最後に掴んだ彼女の手の熱さを思い出して、包丁を持った手を横に引いた。
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