失敬だ



耳元で響くセミのうるさい鳴き声で目が覚めた。

セミの日の目を見る時間が僅かしかないという常識を忘れるほどの眠りのシャボン玉の中にいた僕は心地良かった気分を壊したセミにイラつき、勢いよく布団をはがして忍ぼうとする素振りの無さを後悔させようと、セミ退治に立ち上がった。

すると、セミの声と共鳴するように誰かの笑い声がした。

横を見ると、電気シェーバーを持ちながらニヤニヤしながら座っている父親がいた。

「セミかと思った?」

そう言いながら、セミの声のする電気シェーバーを止めた。いや、止めようとする前に勝手に止まった。何年も使っているせいだろうか、父の電気シェーバーはスイッチを入れるとすぐ体力に限界がくる。

やはり、セミによく似てる。

焦り顔からのため息、そして呆れ顔へと自然な流れで表情を豊かに変える僕を見て、父は声を上げて笑いながら「これは失敬」と言い、部屋を出ていった。


まったく、不躾な父親だ。


セミより騒がしいが、愛らしい笑い声につられ僕も大きな声で笑った。

僕はその時、セミの声と僕の声が同じだと気付いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る