第二十一章 祈り(19)
十九
万三郎の意識はもうステージの上にはなかった。リアル・ワールドにもない。それは万三郎自身の意思を反映していた。万三郎は思ったのだ。
――もう、いいや。
やれるだけのことはやった。自分が生きるだけのエネルギーしかもう残っていなくて、その生命エネルギーもどんどん減りつつある。もちろん、心当たりはあった。ユキを追ってイースト・リバーに飛び込んで以来、機内で着替えるまでずぶ濡れのままで過ごした、あれがいけなかったのだろう。だが、ではどうすれば良かったというのか? 事態は一刻を争った。着替えている暇なんか、どう考えてもなかった。三人が飛行機に間に合っていなければ、ことだまワールドの日本で、これだけの数の【hope】の発射に見合うエネルギーを持った人はほかに存在していなかったはずだ。当然、このようなグレート・ボンズ作戦は、日本では遂行できなかっただろう。だから今の自分は、必然的なりゆきの結果なのだ。
万三郎はこうも思った。そもそも救国官を拝命したその時から、日本という国なくして自分は存在し得ない立場なのだ。よし、それなら最後の生命エネルギーを使って、できるだけたくさんの【hope】たちを宇宙に送り出そう。自分が存在するエネルギーを最後まで使い果たして、きれいさっぱり消滅すればいい。文字通り、殉職というのかな。運が悪ければ数時間後にアポフィスが衝突して死ぬだけ。運が良ければ日本は、世界は助かる。
そうした万三郎自身の意思で、万三郎のエネルギーはその辺りの上空に、霧のかたまりのように、広く、薄く拡散していた。そこを通りかかる【hope】たちが万三郎のエネルギーを利用して充分に加速し、宇宙に飛んで行けるように。
杏児とちづるは、自力飛翔を指示してからもなお、その辺りにいる【hope】たちを次々にカタパルトに誘導し、発射している。ちづるが叫んだ。
「あと、一分!」
「あああああああーッ、くそーッ!」
杏児は阿修羅のように目を血走らせながら、残る【hope】たちを次々に撃ち出していく。万三郎のエネルギー体を通り抜けて行く【hope】たちは、エネルギーを得て、「うおおおお!」と言いながら背中のLEDを目一杯光らせ、グンと加速してロケットのように飛んで行った。
心の目で、その【hope】たちの雄姿を見上げ、また、最後まで懸命に【hope】を撃ち出す杏児を見下ろし、万三郎はゆっくり、意識を失っていった。
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