第二十一章 祈り(18)

十八


「颯介さん、あと三分で日付けが変わる!」


 ちづるが杏児に叫んだ。


「ああー! みんな! 済まん、自力で飛んでくれ!」


 集音マイクを通して杏児が並み居る【hope】たちに叫ぶ。ステージの両脇に積まれたスピーカーから大音響でその指示がはるか彼方にまで伝わった。


【hope】たち、特にステージから遠い連中は、その指示が来るであろうことを分かっていた。なので皆ストレッチしたり、ぴょんぴょんとその場で跳ねてみせたりして和気藹々の雰囲気だった。それはとりもなおさず【hope】たちの本質が「希望」だからだ。実際のところ、一人一人の【hope】が、カタパルトや杏児たちリアル・ワールドに存在するヒューマンのエネルギーを借りずに飛び立って、地球の重力圏から飛び出すことすら危ういということを杏児は知っている。特に力のある者がようやく重力を振り切ってアポフィスに向かったとしても、軌道修正のために投下できるエネルギーは微々たるものだろう。これだけ【hope】を飛ばしてきていながら、杏児の心中は絶望的だった。


 ――世界は……【hope】を飛ばせているだろうか……。


「あと二分!」


 ちづるが叫ぶ。


 杏児は我に返る。


「みんな、今だ! 飛ぶんだ!」


 群衆の地平にまで指示が伝わっていった。 ざわめきが大きくなる。地鳴りのように「おおおお」と、声がうねりになる。


【hope】たちは、両手を水平にまっすぐ伸ばし、その腕を徐々に垂直に立てていく。頭の上まで腕を伸ばした先で、両手のひらを合わせる。その形のままで腕と膝を若干曲げて、それから勢いをつけてクンと伸ばす。すると、身体がゆっくり浮き上がる。顔を上空に向け、歯を食いしばって、「うん!」と力むと、すうーっと上昇し始める。


 タンポポの綿毛が風に揺られて飛ぶように、そこここで【hope】が一斉に飛び立って行く。上空から見ればそれは壮観な光景だろう。だが、杏児の目から見れば、【hope】たちの背中のLEDライトが頼りなさげに点いたり消えたりするのが、エネルギー放射が安定していないようで、いかにも危なっかしいのだった。実際、あまりに飛翔力の弱い【hope】は、【-less】などネガティヴ・ワーズの赤い光につかまり、暗いピンクの光を残して生暖かい闇にからめ取られていくのだった。しかしそれでもなお、相当な数の【hope】が邪魔を振り切って上昇していった。

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