第二十章 伊勢(19)
十九
「汚い野郎とは、私のことか、雉島」
「他に誰がいるというんだ、古都田」
言葉を交わしてはいるが、二人は闘っていた。雉島が深く息を吸い込んで、ネガティヴィティー波を放射する。それは、それまでとはまるでパワーが違うことが、透明な景色のひずみ具合でよく分かった。だが、それほど強い衝撃波でも、古都田がカッと目を見開いて発するバリアの念波をなかなか越えることができない。二つの力が拮抗している境界線が周りの皆の目にもはっきり認識できた。雉島の念波のこちら側への広がりを直径三メートルほどで抑え込んでいる古都田。その顔を汗が流れ落ちる。古都田自身は、今はざっと左右に割れて道を開いている【hope】の群集の間、二十メートルほど向こうから念を発していた。
「雉島、あれほど誤解だと言っても分からんのか」
古都田は厳しい眼差しを雉島から逸らすことなく、ステージへとゆっくり歩いてくる。
「誤解だと? バカめ。『ああ、俺が死んだのは誤解が原因なのかあ……』と納得するとでも思っているのか」
そう毒づくと雉島は「ふんッ!」と一層気合いを入れた。気合いとともに、雉島の念波の境界は一瞬にして一メートルほど後退した。しかし同時に雉島は、自分自身の足でステージに立ち上がったのだった。そして、いったん立ち上がってしまうと、念波のドームの直径は逆に、五メートルほど古都田の念波を押し戻した。
「古都田、ここでお前と会えるとは予想していなかった。お前が東京から出て来たら、皇居と首都は誰が守るんだ。ふんッ!」
押し気味になった雉島のパワーに対抗するため、古都田もさらに気を集中させる。汗が、さらに一筋、古都田の頬を伝い落ちた。
「大泉総理の指示で、石川さんが守っている。雉島、もう一度、ゆっくり話せば分かる。だが頼む、今はとにかく救国官たちを邪魔しないでくれ」
古都田のセリフの最後を塗りつぶすような大声で雉島は嘲った。
「笑わせるな! 今お前が食い止めている俺のネガティヴィティー波の源泉は、古都田、お前に対する憎しみだ。俺を陰謀で消し去って、お前が内村さんから引き継いだ、この、ことだまワールドの秩序を叩き潰すことだけが、俺の行動原理だった。腹立たしいことに今まではお前の力が上で、俺はことだまワールドの裏世界に封じ込められていたが、そこへアポフィスがやってきた。千載一遇のチャンスだ。今度は俺がお前とお前の世界を消し去る番だ」
そこまで言うと雉島は「やれ」と言って頷いた。古都田が怪訝な顔をした瞬間、背後からいきなり何者かに棒のようなもので後頭部を殴られて、古都田はその場に崩れ落ちた。とたんにパワーバランスを失ったネガティヴィティー波は、幾分弱まりながらも、スッと広がっていった。後ろから殴った人物は、棒を持ったままの右腕で顔を覆い隠すようにして衝撃波をしのぎ、後ろに数歩よろめく程度で済んだが、その後ろにいた【hope】たちは、悲鳴を上げながらことごとくなぎ倒されていった。
ネガティヴィティー波は、杏児とちづる、そして恵美に駆け寄っていた万三郎とユキの元も通過した。波が弱まっていたので、突風が吹き抜けるようだったが、その直後に気分が悪くなる。吐き気を押さえながら恵美が叫ぶ。
「おじ様ーッ!」
衝撃波から顏を守った腕をゆっくり下ろした人物が、古都田に駆け寄ろうとする恵美を見て、棒を振る手に再び力を入れる。その人物の顔を見た万三郎とユキは思わず驚愕の声を上げた。
「新渡戸部長!」
◆◆◆
(1)【
(2)ここで挙げられている単語(ワーズ)の、カタカナ表記によるおおよその読みと意味を以下に挙げておきます。
・【despairディスペア】(絶望)
・【disappointmentディスアパイントメント】(落胆)
・【pessimismペスィミズム】(悲観)
・【lamentレマント】(悲嘆)
・【dismayディズメイ】(狼狽)
・【catastropheカ'タストロフィ】(悲劇的結末)
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