第二十章 伊勢(18)

十八


 杏児の身体は、サッと飛び出した二人の人影に危なっかしくもキャッチされ、地面に直接激突するのを免れた。細身の杏児を身を呈して守った二人の人影は女性だった。受け止めた衝撃で地面に倒れ込んだ一人は、黄八丈の着物を着ている。


 万三郎が叫んだ。


「えっ、恵美さん! 恵美さんか?」


「何、恵美さんだって?」


 仰向けに倒れてはいるものの、意識はしっかりしている杏児が、吐き気に顔をゆがめながらも万三郎のセリフに驚いて、地面に手をついて身体を翻し、自分の下敷きになっていた人の顔を見る。


「あっ! 恵美さん……」


 着物の女性はまさしく藁手内恵美だった。


 恵美は背中を打った痛みに耐えつつ、それでも恵美らしくニコリと杏児に微笑みかけた。


「連れて来ちゃいました。社長の許可をもらって……」


「え?」


 恵美が移した視線にしたがって、杏児はもう一人の女性を見た。


「ちっ……ちづる! ちづるかッ?」


 女性は今の衝撃で一時的に気を失っていた。杏児はその頭を腕に抱え込んで、名前を呼びながら揺すった。


「ちづる、ちづる……」


 恵美は支えていたちづるの身体からそっと自分の身体を抜いて、小さな声で杏児に言う。


「ちづるさんは、検体番号JCS‐〇一〇、『藤堂明穂とうどう あきほ』ということだまネームです。身体は、リンガ・ラボのカプセルにあります」


 杏児が顔を上げて訊く。


「生きてるの?」


 恵美は頷いた。 


「ことだまワールド内を移動してきました。三浦さん、無事で……」


 恵美は言葉を続けようとしたが、その時、ちづるが軽く呻いて杏児の腕の中でゆっくりと目を開いたので、杏児の意識がちづるに向いた。


「あ、颯介さん……颯介さん……」


「ちづるっ!」


 杏児はちづるをぎゅっと抱き締める。


 恵美は微笑みを浮かべたまま、ふとあらぬ方向に顔を向けてつぶやいた。


「無事で、良かった」

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