第二十章 伊勢(14)

十四


「あなたは、き、雉島さん! いつの間にそこに」


 サングラスをかけていない雉島は精悍な顔つきをしている。そう、皮肉な笑みの一つも浮かべていない。雉島は、底なしの闇をその双眸にたたえているように万三郎には思えた。


「中浜……だったな、お前」


「は、はい」


 雉島は、万三郎をまっすぐ見つめたまま、車椅子を動かして万三郎に近づいて来た。


「ことだまの力で小惑星の軌道を変える、というのは、お前の思いつきではあるまい」


「それは……」


「そう、古都田からの命令だ、そうだな?」


「は……はい」


「お前は……うまく行くと思うのか」


 雉島は、怒りとも哀しみともつかない表情でまっすぐ万三郎を見上げた。万三郎は一瞬気圧されそうになってひるんだが、気を取り直して雉島をまっすぐ見返す。


「うまく行かせなければ、と思っています」


 雉島の目は、KCJ初日、凄まじい眼力でまっすぐこちらを射抜いてくる古都田社長の目に似ていると万三郎は最初思った。だが、目を合わせたまま、しずしずと流れていくある種の気を見極めたとき、万三郎は思い直した。


 ――いや、本質は、決定的に違っている。


 古都田の眼差しの底には、生かそうという、根源的な創造性があった。あの緊張感の中ですら、万三郎は心のどこかで本能的にそれを感じ取っていたのだ。それは、正しい合言葉さえ口にすれば、ようこそとお前を迎え入れる用意があるのだぞと、閉ざされた扉の隙間からわざと光を一条、漏れ出でさせる、その、生への導きだった。


 だが、目の前のこの男は、違う。


 悪党は、心の水が濁っている方が、ある意味理解しやすい。邪悪が潜んでいてしかるべきだと思えるからだ。しかし、雉島の目は、透明度の高い湖の水のように、どこまでも澄んでいた。隠れるものなど何もない。哀しくなるくらい透明だ。だがそれでも、永遠に透明なのではない。深く、深く目を凝らしていけば、その向こうは、ついに闇になっている。そして、やはり何もないのだ。何も動かない。命を感じさせるものがない。雉島の目は、まるで、澄みきった死だった。


 それなのに、その雉島が再びこう言ったので、万三郎は驚いた。


「死ぬのは、お前らだ。俺たちは、生き延びる」

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