第二十章 伊勢(10)


 今、日本各地からここに集まってきた【hope】たちは、威勢の良い歓声を上げてこそいるが、磁気嵐に逆らって旅してきたことで、すでにいくばくかのエネルギーを消耗している。ましてや、これからはるかに長い距離、宇宙を加速しながら旅して、どうしても徐々にエネルギーを失いながら、それでも最終的にわずかに残ったエネルギーをアポフィスに次々とぶつけていくのだから、エネルギーをいかに節約するかというのは大きな課題だった。


 そういう意味では、この三台のカタパルトによるワーズの発射は、この場において最高の選択だ。


 国連建物内の飛翔など、短距離の水平飛行なら、どうということはない。だが、垂直方向、かつ長距離のワーズの自力飛翔となると、話はまったく変わってくる。ウルトラマンが宇宙に帰るときのように、格好良く飛び上がれるわけではない。地面から必死で空気を掻き、もがきながら少しずつ上空に浮いていくのである。初速が遅いと非常にエネルギーを消耗するので、本来、まずETたちが、少し浮いたワーズの足裏を持って、そうれ! と上に押し上げる要領で加速してやらなければならないと覚悟していたのだ。カタパルトは、その労力、エネルギー・ロスを大幅に軽減できそうだ。


 もちろん、ETたちは【hope】たちを送り出すのに、やはりエネルギーは使うようだ。このカタパルトを観察することで三人は、これらが手動、つまりアルファベットの「Y」の字の両端にゴムを結びつけたゴム銃と同様、押し出し部を後ろに引っ張るのに人力が必要な仕様になっていることを知った。だがそれでもなお、セットされたワーズは、カタパルトによって一気に解放されるエネルギーのおかげで、相当上空まで加速度を持って自力を消耗せずに飛ぶことができる。そこからなら、地球の磁気圏を振り切って宇宙空間に飛んで行き、目標にたどりつくまでに力尽きることはないだろう。


【hope】たちの掛け声チャントは、いつしか「祖父谷」から「KCJ」へと変わっていた。


「ケイ、スィー、ジェイ! ケイ、スィー、ジェイ!」


 右手を突き上げて勇ましいことこの上ない。


 ステージの上から彼らを見回して、万三郎は思わずユキに訊いた。


「ユキ……彼らは、死にに行くのか」


 ユキは前を見たまま、しばらく黙っていたが、やがて独り言のようにつぶやいた。


「知ってるでしょ? 彼らは死なないのよ」


 万三郎は横からユキの目をのぞき込んで念を押す。


「きっと?」


 するとユキは少しの間沈黙して、それから言葉を噛みしめるようにして答えた。


「人間が、生きている限り、想いは言葉になって、生まれるの。言の葉。葉っぱがエネルギーを失って、枯れて地面に落ちても、樹が死なない限り、それはいつしか、樹が成長するための養分になる。エネルギーは循環するの」


 今度は万三郎が黙る。しばらく黙ってから、さらに訊いてみた。


「樹が……人間が、死んだら?」


 ユキは、前を向いて唇を噛んだままだったが、やがて万三郎を睨んだ。


「万三郎、私たちが死んでも、樹は何十億本もある。中には生き残る樹だって……」


「ようし、じゃあそろそろ始めるか!」


 チャントを背景にした二人の会話が耳まで届いていたのかいなかったのか、杏児が気合いを入れた声を出して、二人を遮った。杏児はユキと万三郎の方を見る。ユキは杏児に頷くと万三郎を振り返る。万三郎も真剣な表情で頷く。


 すると、三人の傍らについていた【hope】オリジナルが、笑みをたたえて万三郎に歩み寄ってきた。


「万三郎さん……いや、中浜救国官。ニューヨークでは心配をかけました。今、僕はあなたと最後の仕事ができることを光栄に思ってる」


「こちらこそ。頼むよ」


 二人は視線を絡め合って、固い握手を交わした。


【hope】オリジナルは、国連演説のクライマックスで心を通い合わせた二人の上司、ユキと杏児とも同様に握手を交わした。そして、集音マイクが充分拾えるだけの声を張り上げて自分の複製コピーたちに宣言した。


「みんな、始めよう」

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