第二十章 伊勢(6)


 その時、杏児の隣りで万三郎が手をポンと打った。


「分かった! このテンション、祖父谷たちが先にレシプロして、ここでワーズたちを盛り上げておいてくれたんだ」


 すると、【hope】が笑いながら万三郎に答えた。


「ああ、そういえば、さっき祖父谷さんたちが来た。僕に以前のことすごく謝ってきて、それから皆の方に向き直って、急に古代の神官ばりに偉そうに胸張って両手広げて言ってたよ。

『聞け、ここに集えることだまの民よ。優れた三人のETたちが、まもなくここ、ことだま伊勢神宮に降臨するであろう。民よ! その時には歓喜の叫びをもって迎えるが良い』……って。僕は、それが万三郎さんたちのことだと分かっていたので笑えたけれど、ここに集まっている【hope】たちの多くは皆、地方出身なんだ。いつも顔を合わせているのは、地方のチンステでシートレの編成を担当するソウルズ社員のクラフトマンくらいで、支店長以上の上司に出会ったことがないんだ。だから、ETである万三郎さんたちは、ここではもうハリウッド・スター並みの存在だよ。例えば、ユキさん、ちょっと立ち上がって、手を振ってみて」


 言われるままにユキが立ち上がってみた。途端に群集は、「みどり」の連呼を止め、「おお」と言って固唾を飲む。ユキはぎこちなく、こわばらせた笑顔のまま右手を顔の横で軽く振ってみた。


「ハ、ハーイ、みなさん……」


 ユキのつぶやきはどこかに設置された集音マイクで拾われ、三人の椅子が置かれた祭壇――いや、「ステージ」と呼んだ方が適切かもしれない――の両脇に積まれた大型スピーカーから、エコーを伴って彼らに発せられた。


「ハ、ハーイ、みなさん……」


 ETの言うことを一言も逃すまいと息をひそめていた群衆は、ユキのその言葉に、地響きのようなうねりで応えてくる。


「うおおおおー!」


 唸りの波が引くのと入れ替わりに、ユキを連呼する新たな波が押し寄せた。


「フックザワ! フックザワ! フックザワ……」


 当惑し、羞恥で表情がこわばっているユキのスーツのすそを引っ張り、【hope】は着席を促しながら、杏児に説明した。


「このパターン、さっき祖父谷さんが練習させてた」


 杏児は苦笑する。


「スタジオ前説のADみたいな奴だなあ」

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