第二十章 伊勢(5)


 人類が電気やガスの灯りを手に入れてからせいぜい二百年。それ以前は、松明か燭台でその辺りを照らすのがやっとであった。人類の歴史において、夜には闇が世界の大半を占めてきたのだ。


 生身の人間が棲む場所ではなかったが、ことだまワールドの伊勢神宮近辺も、やはり大半が闇だった。だが、大半であっても、全てではない。気を許せば全てが闇に覆われそうになるところ、かがり火を盛んに焚くことで辛うじてそこに光の領域が確保されているのだった。


 暴風雨が吹き荒れていない点で、ここがリアル・ワールドではないことが分かる。実際、夜空は晴れているように見える。だが快適ではない。生暖かく湿った空気が少なくとも地表近くには沈殿していた。風が、時にやや強く吹き、かがり火を揺らす。その度に光の領域もゆらめいた。


 三人は、その光の領域にしつらえられた三つの椅子に徐々に姿形を現した。それをワーズたちは息を飲んで見ている。彼らワーズは、もう辺りにひしめき合っていた。彼らのどよめきが大きくなる。


「万三郎、いや、救国官万三郎さん。ようこそ、ことだまワールドへ」


 万三郎はすぐ耳元でそう囁いた声の主に驚いて振り向いた。それは、ニューヨークで大活躍した、吊り半ズボンの男の子、【hope】その人であった。


「あっ、【hope】! ニューヨークではよく頑張って……」


 【hope】は、立てた人差し指を唇に当てて、万三郎の続く言葉を遮ると、万三郎にウインクをして、それから大仰に叫んだ。


「おおッ! ようやく救世主が降臨した。おーいみんなァ! 優秀なみどり組ETのお三方が今、伊勢の神宮に到着したぞォ!」


 すると、あたりを埋め尽くした、一万はゆうにいると思われるワーズたちが、ワァーッと一斉に歓声を上げた。


「うおおおーッ! み・ど・り、それ、み・ど・り、あほら、み・ど・り、もいっちょ、み・ど・りッ」


 並み居るワーズたちは、拳を振り上げて、力強くみどり組を連呼している。完全に意識が転送された三人は、深い籐の椅子に座ったまま、思わず顔を見合わせた。


「なんだ、このテンション?」


 三人は状況を把握するのに少し時間がかかる。同じことだまワールドなのに、東京のチンステはもちろん、昨日のニューヨークともまったく違う景色に驚かされる。ワーズたちが集っているここは、弥生時代の一集落のように見える。素朴な白木の高床木造建築物や、竪穴住居が散在する広場に、ワーズたちがひしめいている構図だ。三人が座っているここは彼らの地面より数段高い祭壇のようになっていて、両脇ではかがり火が燃え盛っている。まるで王が民衆の前に姿を現すといった絵だ。もちろん王とは、三人のETのことである。


 杏児が、万三郎のすぐ隣に立っている【hope】に手招きして、顔を寄せたところにそっと耳打ちする。


「なんで、弥生時代みたいなことになってるの?」 


「さあ……。でも、リアル・ワールドにも、江戸村とか明治村とか縄文遺跡公園とか、あるんでしょ? ことだまワールドにも、そういうところがあってもおかしくないと思うけど」


「それが、この弥生集落だということ?」


「僕は東京チンステから来たよそ者だからよく分からないけど、ここ、ことだま伊勢神宮を仕切っている人が決めたコンセプトがこれなんだろうね」

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