第十四章 覚醒(1)
一
プシューという音と共に、ふんわりとした風を頬に感じる。暗く深い海から浮上して、今ようやく水面に顔を出したように、急速に意識が戻ってくる。しかし、あまりのまぶしさに、思わず顏をしかめる。しばらくの間、目が開けられない。
「まぶしいだろう。無理もない、一か月も目を使っていなかったのだからな」
聞き覚えのある声……というより、さっきまで聞いていた、古都田社長の声が近くから聞こえた。真っ白な視界の中央で、グレーの影がわずかに動くのが感知でき、その影が次第に黒味を帯び、そして顏のパーツがようやく認識できるようになってきた。ベッドのような場所にあお向けに横たわった状態の万三郎の顔を見ながら頭の辺りをなにやらいじっているその人は、社長秘書の藁手内恵美だった。頭の辺りでカチャカチャしていた手を止め、恵美が微笑む。
「お帰りなさい。ようこそ、リアル・ワールドへ」
「リアル・ワールド……?」
視力が正常に戻った万三郎は、上体を勢いよく起こそうとした。その瞬間、首が折れるかと思うほど頭部を後ろに引っ張られ、額に激痛が走った。
「いがぁぁっ!」
思わず額を押さえようとした両手の手首がそれぞれ革手錠のようなものでベッド脇に固定されており、万三郎は起きることも、頭を押さえることもままならず、そのままバタンと再びベッドに上体を倒した。びくっとして少しのげぞった恵美がたしなめる。
「まだダメよ、ちょっと待って、もうすぐだから……」
「痛ったぁ……どうなってんだ、これ……?」
額の痛みが癒えるまでの間、恵美は頭の上の方でなにやらごそごそしていたが、ようやく「パチン」と音がして、急速に額の圧迫感から解放される。
「はい、いいわよ」
恵美はそう言いながら、ボタンを押して両手首の拘束を解いた。
頭と手の自由を確認しながら再び上体を起こす。
「二人目、完了。最後は三浦さんね」
恵美は万三郎の右二メートルほど離れたところに置かれているカプセル型の寝台に歩み寄り、ボタンを押した。さっきと同じ、プシューという音がして白濁していたカプセルの覆いが一気に透明になる。恵美の後姿が少し横にずれた時、そこに、額に革製の鉢巻のようなバンドが巻かれて横たわったまま、顏をしかめる杏児の姿が垣間見られた。頭の辺りに無数のピンジャックの端子とコードが見える。その時、左から声が聞こえた。
「中浜くん、どうだ、気分は?」
万三郎はハッとして反対側を振り返った。そこには、声を発した古都田社長に加え、新渡戸部長、石川審議官、そしてその傍らにユキがこちらを向いて立っている。
「中浜くん、どうだ、気分は?」
古都田は同じ言葉で訊いた。
「はい、妙にリアリティーがあります」
古都田はふん、と少し笑って言った。
「それはよかった。リアル・ワールドで覚醒するのは新生児以来のことだから、最初は半覚醒、つまり、ことだまワールドとの混乱が起きやすいからな。頭のリアルな痛みのおかげで完全に覚醒してよかった」
「はあ……」
万三郎がそう答えた時、反対側で叫び声が聞こえた。
「いがぁぁっ!」
恵美の気の毒そうな声が杏児の叫び声に重なる。
「まだダメよ、ちょっと待って、もうすぐだから……」
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