第十三章 選別(20)
二十
問題は次々と読み上げられていく。ポイントはスピアリアーズがみどり組より数ポイント先行していた。
それでもみどり組が正解すると祖父谷は激しくののしった。
「けっ、小賢しい猿どもが!」
「ミドリムシ並みの癖に生意気な!」
「進化論の例外どもめ!」
こいつ本当に試験に集中しているのかと疑うほどの、バラエティーに富んだ、しかし、いくらなんでも聞くに堪えないほどの悪口雑言を、彼はみどり組に浴びせ続けた。
ユキの顔色が悪い。今にも泣きそうな顔をしているだけではなく、その手は万三郎と杏児の手のひらの間で震えていた。
万三郎がユキの耳元でなだめる。
「ユキ、気にするな。我慢だ。問題に集中しよう」
「ままま、負けちゃ、ダメなの。絶対に……」
「そうだなユキ、あいつらの鼻をあかしてやろうな」
「ちちち違う。そそそ祖父谷くん、おか、おかしく、なってる」
万三郎ははっとして、あらためて祖父谷を見る。だが今は上体が前かがみになっていて、京子の頭に隠れたその表情はよく見えなかった。
「第十一問。次の四つの英文のうち、意味が通るのはどれ?
A: It rained chalk and cheese.
B: It rained the birds and the bees.
C: It rained monkeys and donkeys.
D: It rained cats and dogs.(9)」
直ちに祖父谷が手を上げて叫んだ。
「ピンポーン! はーい、はい、はいっ!」
楠が少し強い口調で注意する。
「ボタンを押して」
「あ!」
我に返ったように祖父谷は、ボタンを覆っている奈留美と京子の手をバンバン叩いた。
ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピン、ピン、ピ……。
「痛いっ、まあ痛いこと!」
「ヨッシー、痛いねんて!」
二人がボタンから手を引いて、最後に祖父谷自身の手のひらがボタンを勢いよく叩いた。
ピンポーン!
「はい、スピアリアーズ!」
「月とすっぽん! そうだ中浜、お前と俺は月とすっぽんなんだよ。もちろん、俺が月だぞ。お前はすっぽんだ。すっぽんぽんだ。ところで、裸のことをどうしてすっぽんぽんって言うんだろうな。優秀な俺でも分からないことってあるんだな」
ブッブー!
「スピアリアーズ、不正解」
♪ なんてこったい、ホーリー・マッカラル!
――なんてこったい、祖父谷義文。
万三郎は思わずユキと目を合わせた。だがユキは震えながら万三郎から目をそらし、目をつむった。目じりから涙が頬を伝い落ちていく。そしてユキは万三郎と杏児の手のひらから自分の手をそっと引き抜き、その手で顔を覆って、嗚咽をもらした。
「うっ……うっ……」
「え? どうした、ユキ」
杏児も仰天している。
「えっ、えっ? なんで泣いてるの?」
ギャラリーのワーズたちも両チームの異常事態に気付いてざわつき始めた。しかし、楠は非情にも試験を進行させようとする。
「次、第十二問!」
そのとき、向こうで京子が絶叫に近い大声を上げた。
「ヨッシー、うち、もうあかん。皆の目にさらされて超絶恥ずかしいから、うちのこと、隠して、頼むわあ。あっ、目に入った」
ちらりと見ると京子は、緊張から来る大汗なのか、頼りにしていた祖父谷がおかしくなってパニックに陥った涙なのか分からないが、顔をびしょびしょに濡らして、それを腕で拭うものだから、ねぶた祭りのねぶたのごとく、マスカラが目の周りの皮膚に黒々と塗り広げられている。マスカラの成分が目の中に入ったのか、両目をきつく閉じて顔をしかめている。自慢のつけまつ毛の片方は剥がれて失われていた。
いや、あった。
それはなぜか、奈留美の鼻の下に、バカボンのパパに変装するのなら正しいと思われる位置にこびりついて、奈留美の鼻息に合わせてそよそよと揺らいでいた。その奈留美は一人ボタンに手を置いて、大真面目に楠を見つめ、出題を待っている。気付いていないのだ。ひげが、かすかにそよぐ。
見事なファイティング・スピリットだ。一人でも戦うというのだ。なぜなら、祖父谷は解答台の横で服を脱ぎ始めていたから。
「そんなに、俺のすっぽんぽんが見たいか……」
「第、十、二、問!」
ざわめきを鎮めるように楠が問題番号を念押しした。
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