第十三章 選別(19)

十九


 両番線ホームの根元から先に向かって五メートルほどのところに、根元側に向いた方が正面になるようにしつらえられた、二つの解答台。それぞれの台上には、手のひらより少し大きな円盤型のボタンがあった。


 年に一度放映される人気クイズ番組の最終ステージさながらのこの派手な大道具は、今この時以外、このKCJでどんな時に使えるというのだろうか。


「第三問、チーム対抗、早押しクイズや。これが最終ステージやで」


 江戸ワード駅長はマイクを通してそう宣言した。駅長の後ろ、ホームの根元で

は、何百ものワーズ社員たちがひしめくようにしてこの最終戦を見物している。場は異様な雰囲気に包まれていた。みどり組、スピアリアーズ、古都田、新渡戸、江戸ワード、楠、今神、そしてそれらの人々の後ろで見物しているワーズたち……誰一人として笑っていなかった。


「十ポイント先取で優勝や。ほな始めるで。位置について」


 万三郎たちの左の解答台に、スピアリアーズが立った。祖父谷はじっと前をにらんでいて、こちらを気にする様子はない。もう後がないということで、凄まじい集中力を発揮しているようだった。


 スピアリアーズに倣って万三郎は、ボタンの上に置いている杏児とユキの手の上に自分の手を重ねた。


 ユキは元気がない。ほんの一時間ほど前に、祖父谷に対して「ぶっ殺す!」と息巻いていたのが嘘のように、ただ顔をしかめて伏し目がちになっている。そう、まるで万三郎を起立させた今朝の新渡戸部長の表情のようだ。


「ユキ、大丈夫?」


 万三郎は小声で訊いてみたが、ユキはじっと前を見たまま答えない。仕方なく万三郎も

、杏児とユキにならって出題者の楠に集中した。


「第三問の、第一問。『住所はどこですか?』正しいのはどっち?




A: “What’s your address?”、

B: “Where’s your address?”」




 ピンポーン! 即座にスピアリアーズがボタンを押す。


「はい、スピアリアーズ」


「A」


「正解、一ポイント先取!」


 ♪ あなた、優秀!


 ヘリウムを嗅いだ直後の、ロボットのような声が、正解の効果音らしい。祖父谷の自尊心をくすぐるようなサウンドだ。


「ピロロッ」


 電子音とともに、彼らの解答台の前面に埋め込まれたモニターに「一」が表示されたようだ。ワーズたちが一斉に拍手する。


 拍手が静まると楠が原稿を読む。


「第二問。『お手洗い、お借りしてよろしいでしょうか』正しいのはどっち?




A: “May I borrow the toilet?”、

B: “May I use the bathroom?”」




 ピンポーン!


「くそッ!」


 万三郎たちは押し負けた。


「はい、スピアリアーズ!」


「B」


「正解、二ポイント!」


 ♪ あなた、優秀!


「そうだ、俺は優秀だ!」


 予期せぬ声に会場はざわついた。叫んだのは祖父谷だ。少し背の低い京子の頭越しにそっと祖父谷を見ると、肩で息をしてじっと前をにらんでいる。


――テンパってる……。


 しかし今は、そういうテンションでいることをむしろ求められているのかもしれないと万三郎は思い直す。


「第三問。次の三つの日本語に対応する三つの英単語をすべて答えよ。『こめかみ』、『えくぼ』、『そばかす』」


 ピンポーン!


「よしっ、押し勝った」


「はい、みどり組!」


「【temple】、【dimple】、【wrinkle】」


 杏児の解答の後、一瞬の間があって、それから音が流れた。


 ブッブー!


 即座に例のロボットの声で不正解の効果音が流れる。


 ♪ なんてこったい、ホーリー・マッカラル!


 万三郎は顔をしかめる。


――なんてこったい! 俺の常とう句が不正解の効果音なのか。


「アホやあ、【wrinkle】はお肌のシワやん!」


京子が勝ち誇った顔で言いながらボタンを押す。


「はい、スピアリアーズ」


「【temple】、【dimple】、【freckle】」


「正解、三ポイント!」


 ♪ あなた、優秀!


「うおおおおー!」


 こぶしを振り上げ、異様なテンションで祖父谷が吠える。


「ざまあ見さらせ、河童の屁!」

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