第十三章 選別(16)
十六
ホームの先端からシートレを見ると、一両目、二両目、三両目……と、ずらりと並んだワーズたちが自分たちを見返している。
「ど、ども……」
最前列の【he】など、この一年のシートレ編成のオン・ザ・ジョブ・トレーニングで何百回と招集してきた知己だ。
口をきくのを禁止されているのか、彼はにこりともせず、目だけで返礼している。
斗南に促されて、三人は先頭から、最後尾へ向けて、コツコツと歩きながらシートレの編成を確認していった。
【texted】……【me】……【asking】……【where】……。
三人にとってほとんど顔見知りの連中だ。なのに、やはりどのワーズもニコリともせず、黙ってこちらの動きを目で追っている。
――シートレに間違いがあったら上空でドカンや。
そんなに簡単に、江戸ワード駅長が言うようにはならないと思うけれど、連結車両が多いだけに途中でバラバラになるかもしれない、と万三郎は思った。
その時、ホームの向かい側で祖父谷がクラフトマン島田に大声で指示しているのが聞こえた。
「これだ! この【to】が要らない!」
万三郎はハッとして自分のシートレをよく見る。【answered】の後に【to】がいた。祖父谷の声に驚いて、おびえたような目でじっとこっちを見ている。
――【to】が要らない?
万三郎が心の中で祖父谷の言葉を繰り返した時、杏児が二人に驚いた風に言った。
「おっ、おい、ちょっと、向こうのシートレとうちのを見比べてみろよ」
杏児が指さす百十七番線のシートレと、百十八番線の自分たちのシートレを、前から順番に見比べてみた。
「ああっ!」
驚いた。二人の見習いクラフトマンたちが編成したシートレは、お互いにかなり似ていた。
百十七番線のスピアリアーズ担当のシートレは、
“He texted me asking where I was, so I replied to him I was reaching at Shinjuku station soon.”
対する、百十八番線みどり組担当のシートレは、
“He texted me asking where I was, so I answered to him I was arriving at Shinjuku station shortly.”
「たった三か所しか違ってないわ……」
ユキの言う通りだ。すると祖父谷が要らないと言った【to】は、【replied】の後の【to】だ。
「するとうちでも、【answer】の後に【to】は要らないのかな」
万三郎は【to】の前で立ち止まった。ユキと杏児も従う。【to】は三人の凝視に耐え得ず、びくびくしながら目を伏せた。口をきくのを禁じられているのだろう。
万三郎はユキと杏児を交互に見ながらもう一度確認する。
「祖父谷は、“replied to him”ではなく、“replied him”だと主張し、【to】の乗った車両を外すよう指示した。じゃあ、こっちの【answer】は?“answer to him”ではなく、“answer him”なのか」
二人とも押し黙った。
斗南がせかす。「時間がありません」
タイミングを計っていたかのように、黄色いパトライトが回り、警告音が鳴り始めた。
「“answer to it“というのを見たことがあるような……」
「でも杏ちゃん、それは、モノの場合でしょう? 人の場合は?」
「“answer to me”いや、人については、“answer me”だったような気がする……万三郎どう思う?」
「“answer 人 to 物事”なんじゃない?」
「いや、やっぱり、“answer to 人 about 物事”だろう」
「でも、前置詞がなくて、“answer 人 物事”かもしれないわよ」
「二人とも、どっちなんだよ!」
三人はお互いに顔を見合わせて黙り込む。
「ゴー!」
隣りでは島田がフラッグを振り、スピアリアーズ監修のシートレが急発進して行った。
「こっちも! 早く!」
斗南の叫びを合図に、パトライトが赤に変わった。
「どうする!」
万三郎は【to】の顔を見る。【to】は一瞬顔を上げる。万三郎と【to】の視線が一瞬交わり合った。すると【to】は慌てて目を伏せた。
「万三郎、どっち?」
「どっちにするんだ、万三郎?」
「だめだ、もう時間がない! 出しますよ!」
けたたましいアラーム音の中、斗南が絶叫している。万三郎も叫んだ。
「【to】降りろ! うちも【to】は要らない!」
それを聞くや、一番近くにいたユキが、【to】の手を引っ張って、半ば強引にホームに降ろし、よろめく【to】を抱きとめた。
「発進!」
斗南がチェッカー・フラッグを大きく振りかぶった。【to】の乗っていないみどり組のシートレは車体をきしませて急発進していった。
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