第十三章 選別(14)

十四


 スーッと障子が開いて顔を出したのは、将也の妻ではなく、義父の河野源五郎だった。


「あっ、お義父さん!」


 将也の次に声を発したのは、楊さんではなく源五郎だった。


「うっ! どうしてここが!」


 源五郎はちらりと将也に目をやって、すぐに楊さんを食い入るように見つめた。楊さんが声を上げる。


「アイヤー! 不敢相信プーガンシャンシン信じられない!」


 三人三様に驚きの声を上げ、そしてそのままの体勢で三人とも数秒の間、凍り付いたように動かなかった。


「お、お義父さん……お早いお帰りで」


 源五郎は楊さんから目を離さない。


「き、今日は私は、取締役会があっただけだ。それより将也くん、いったいどういうことだね。どうして君が、真っ昼間からこの女性とここにいるんだ」


「こ、これには訳があるんです……」


「当たり前だ。訳もなくこの女性を私の家に上げているはずがなかろう」


 源五郎の声は次第に怒気を帯びつつあったが、今、視線は、将也ではなく楊さんでもなく、あらぬ方向に向けている。明らかに挙動がおかしかった。


「パパさん、今、『私の家』言ったか? この家、パパの家、言った?」


 楊さんが発した問いに、源五郎はあらぬ方向を見たまま答える。


「だ、誰かな、あなたは……」


 楊さんはようやく、感情に支配された状態から幾分理性を取り戻してきたようだ。状況を整理して把握しようとする。


「ナニイッテル、源ちゃんパパさん。アナタ、先週もお店、来たヨ。私に諭吉、イッパイくれて、麻布のマンションで待っ……」


「うおあーっほん!」


 源五郎の咳払いは異様に大きかった。


「げ、源ちゃんパパさん……?」


 将也は楊さんと源五郎を代わる代わる見比べる。楊さんは源五郎に向き直って、しっかりした口調で言った。


「ワカタヨ。将也ダメなら、パパさんでイイヨ。ワタシ、アナタの子、ハランダヨ。セキニン、トッテヨ」


 万三郎がモニターを見たまま、言う。


「斗南さん、もう一回 “Holy mackerel!”だ」


 モニター画面いっぱいに源五郎の顔がズームされていったところで、画面がフッと真っ黒になった。


 続いて江戸ワード駅長の声がスピーカーを通じて両ホームに聞こえた。


「あかんわ、こりゃ。英語のオーダーどころやなくなってしもた。第一問はここで終了や」

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