第十二章 騒乱(22)

二十二


 しかし、先頭の男のダメージはともかく、二人目以降の奴らはすぐに立ち上がってくる。


「はやくはやくはやくはやく……!」


 チン!


 音が鳴ってから扉が開くまでの時間がもどかしい。


 スーッ。ようやく開いた。エレベーターは誰も乗っていなかった。


「乗って! 早く!」


 乗ってすぐ万三郎が「閉」ボタンと一階のボタンを押す。全員乗った。


――早く閉まれ!


 扉が閉まろうとする瞬間、扉の際に、手がガッと掛けられた。


「!」


 ひっかけた指先に力が入って扉の安全センサーが作動するより先に、杏児がその手の指先を反射的に松葉杖の先端で素早く突いて外した。


 ガッ!


「うがあッ!」


 手の主は手を引いて扉の向こうで絶叫し、扉は閉まった。万三郎たちにとってみれば、閉まってから動き始めるまでの二秒間が、無限の長さに感じられた。外で奴らが下ボタンを押せば、扉はいま一度開くと分かっていたからだ。


 だが扉は開くことなく、エレベーターのかごは、一階へとゆっくり動き始めた。【hope】を除く三人は大きくため息をつく。


 チン。一階に着いた。扉が開く。


 そこに仁王立ちしていたのは、凄まじい形相の【bad!】だった。


「おらァ!」


 正面にいたのはユキ。ユキの隣りでは【hope】が、恐怖で絶叫する準備をするため、顔を歪めかけていた。しかし、「うわあああ!」と【hope】が実際に声に出して叫ぶ前に、

 【bad!】の方が「う……」と低く呻いた。股間を押さえて前屈みになる【bad!】。ユキの金蹴りが見事に決まった瞬間だった。


「くうう……」


「みんな、出ろ!」


 そう言うと万三郎はエレベーターの最上階である十階ボタン、続いて閉ボタンを押し、自らも身をよじって【bad!】の横から外へ出た。【bad!】の後ろ側に回った杏児がタイミングよく【bad!】の尻を松葉杖で突いたので、【bad!】はかごの中に倒れ込み、エレベーターの扉が閉まった。二秒後、扉上の表示ランプが二階、三階……と変わっていく。万三郎は横のユキを見た。


「ユキ、足、大丈夫だね。あんなに上がるなら」


「こ、怖かった……」


 今頃になってユキは震えている。


 杏児が笑いもせず、しみじみと言う。


「【bad!】の奴、自分で裾を破ったのが裏目に出たな。破らなけりゃ布が邪魔して急所直撃を免れただろうに……」


 すると【hope】が動揺した声を上げた。


「隣のエレベーター、二階で止まった。あいつら、下りてくる!」


 万三郎が指を差しながら叫んだ。


「正面玄関に走れ!」

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