第十二章 騒乱(8)


 子どもにそこまで言われて杏児は何か言い返そうとしたが、【hope】の言っていることはいちいちもっともだったので、グッと言葉に詰まった。


「あのさあ【hope】、質問が大きく分けて、えーっと、三つあるんだ。答えてくれるかな? まず一つ目は……」


 皆まで言わさずに【hope】が杏児を遮る。


「一つ目、『君ずいぶん上から目線でもの言ってるし、僕たちを呼び捨てで呼んでいるけど、僕たち、一応ETで君らワーズの上司なんですけど……上司って意味、ボク、分かるかなあ?』の答えを言うね。僕は、平安時代後期にはもう日本にいた。KCJのワーズ社員になったのは明治以降だから、僕の年齢は八百歳弱、社員歴は百五十年くらいだ。つまり、創業時からの社員。だけど『将来が楽しみな無限の可能性』を演出するイメージ戦略上、見かけは半ズボンを履いた少年の姿でいる。プロの【hope】だからね。僕はそういう部下ですが、何か?」


 万三郎も杏児も目を丸くして黙っている。そんな二人をよそに、【hope】は小便器の前まで歩いて行って、ズボンのサスペンダーを両肩から外し、前ボタンを開けてパンツ共ども半ズボンをずり下ろした。尻を半分出したまま、用を足しつつ【hope】は続ける。


「二つ目、ワーズの間でも、水面下でキジシマ派の勢力がじわじわと浸透している。もちろん穏健派が大部分なんだけど、権力闘争の勝算がついたのか、ここへきて急進派が本格的に活動を開始したと僕の耳にも入って来ていた。現場指揮官は【bad!】だ。キジシマ派は、一連の作戦行動を『【bad!】の乱』と呼んでいるらしい」


 【hope】はぷるぷると下半身を振り、滴を切ってズボンを上げる。


「三つ目、その【bad!】の乱の先遣隊が今日の『平和の集い』に紛れ込んでいたんだ。メイン・ゲストである僕を拉致、軟禁するために。やつら、僕を洗脳して、自分の陣営に引き込もうとしているんだ。僕を擁する反乱軍は『希望』を手にすることができる。反対に保守派は希望を失う。だけど、そこまで手荒なことをやるということは、いよいよ山が動き始めたということだろうなあ」


 言い終わると【hope】は二人のところに戻って来て、洗面台で手を洗う。洗い終えると子どもらしく濡れた両手をズボンで拭った。


「だから、僕を助けて」


 饒舌な少年は、おそらくイメージ戦略上プロとしてそうしている、瞳を輝かせながら二人を見上げた。

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