第十章 鴨焼(9)


 文吾郎先生の堅苦しい由緒解説は、五郎八がオーダーを受けてから、結局、十本の鴨焼き串が運ばれてくるまで続いた。その間、生徒であるETたちはもちろん、文吾郎先生をリスペクトしているほうぶん先生も、一言も口を差し挟むことがなかった。しゃべらない分、時折文吾郎先生の話に頷きながら、皆、飲み食いで口を使った。その話は、要点をかいつまめば、だいたい次のようなものだ。

 

 鴨族は、住まう地域に、上鴨社、中鴨社、下鴨社と通称される三つの神社を創建した(4)。うち二社では、あの出雲大社の御祭神、大国主命おおくにぬしのみことの子である、事代主命ことしろぬしのみことが、一社では、その事代主の妹の高照姫命たかてるひめのみことが、それぞれ御祭神の一柱として祀られている(5)。事代主は、言代主とも書かれ、できごとことばを同一のものとして扱う、託宣(神のお告げ)をつかさどる神である。


 博学で知られる文吾郎先生は、ひとしきり演説をぶつと、再びハンケチで額を拭い、咳払いをして、その喉を生ビヤーで潤した。


「はい、おまちどおさまでした。鴨串十本です」


 五郎八がテーブルに皿を置くのももどかしげに、甲斐先生が早速串に手を伸ばす。


「おいしそう! いっただきまーす」


 皆の関心が鴨焼き串に向かったのを悟って、文吾郎先生は手早く結論をまとめた。


KCJことだまカンパニー・ジャパンは、ことだま、すなわち言葉と出来事が不可分になったものを扱う会社であるからして、鴨社にて言代主を祀った鴨族を象徴する『鴨』がモチーフになったのではないかというのが、小生の考えるところではありますな。


 甲斐先生がその大きな口を開け、前歯で鴨肉をこそげながら訊く。


「文吾郎先生、その辺りに鴨がいっぱい棲んでいたの?」


「いや、古代には、この一族が住まう地域に特徴的な、山裾に平野が切り込むように深く入り込む地形を『カモ』と言ったらしく、そこから鴨族の名称が生まれた由。この音にさまざまな漢字があてられたので、鴨も加茂も賀茂も、もとは同じ部族名に由来する。また、『カモ』は『カミ』であり、『気』が放出しているさまを表しているという」


 万三郎が確認する。


「『神聖な雰囲気をカモシ出す』……といった風に?」


「まさしく」


「へえー……なんだかすごいですね」


 万三郎は感慨深げにそう言いながら襟を立てて、自分の金鴨をまじまじと見つめている。


 ほうぶん先生がパンと一回手を鳴らし、声色を変えて皆に言った。


「さ、社章の鴨の話はそろそろ終わりにして、焼き鳥の鴨の話題に移るとしよう……」


 心そこにあらずだったのか、杏児には聞こえていなかったようで、彼はまだ社章の話を続けようとした。


「そうそう、時々、社章の鴨の目が光るんです。GPSか何かなんですかね。僕の推理では、可能性は大きく三つ……」


 杏児がそう切り出したとき、ほうぶん先生がおどけた調子で大きめの声をかぶせてきた。


「ロシア人女性は美しいと思われぬか、おのおの方?」

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