第八章 善悪(9)



「あいたた……」


「ちょっと、そんなにきつくしないで!」


 スキンヘッドを先頭に、祖父谷、万三郎、ユキの三人は、それぞれ屈強なワーズたちに片腕を背中で折り曲げられた状態で後ろから押されつつ、店の奥の階段から二階へと追い立てられていった。


 スキンヘッドは、二階のドアをノックする。


「【nefarious】です。今、ぼろいシートレで下の店をぶち破ってきた者ども三人を連れてきました」


 すると、部屋の中から声が返ってきた。


「入れ」


「失礼しまっす」


 スキンヘッドが自分のサングラスを取って、部屋に入った。


「行け」


 祖父谷が後ろから促される。部屋に入った順に、三人はその場に凍りついた。


 広めの部屋の左右には、開襟シャツにスーツを羽織った二人の男たちが、一人ずつ分かれて、こちらに向かって立っていた。前の男は日本刀を構えている。後ろの男は直立しているが、右手を、前ボタンを外したスーツの胸辺りに入れていた。

そして……。


 部屋の左右には革張りのソファーが置かれているが、ソファーに対応するローテーブルは、こちら側、つまり入口の方に表面を向けて立てられていて、そのローテーブルの前に男が一人立っているのだった。


 テーブルの前の男は、きちんとネクタイを締めて品の良いスーツを着ている。スキンヘッドのものとは違い、もっとフレームの細い、薄めの色の入ったサングラスをかけていた。彼は両手をポケットに入れていたが、三人を見ると、右手を出して、親指と人差し指を自分の額にあて、少しうつむいてフッと笑ったように見えた。


「なんだ、ETか」


 スキンヘッドが、四指を握り親指だけを立てて、その親指を仰向けにグッと突き上げるようにして祖父谷を指し示して言う。


「こいつが、『俺たちは、あんたたちの上司だ』と」


 それを聞いて、ネクタイの男はプッと噴き出した。


「そうか。で、ボディーチェックは?」


「武器らしいものは持っていませんでした」


 ネクタイの男は、スキンヘッドの答えを聞くと左右を見回しながら言った。


「仕舞え」


 それを受けて、両脇の二人の男たちは、刀を鞘に納め、胸元から手を出して上着のボタンを留めた。


 ネクタイの男は、たまたま真ん中に立っていた万三郎に向けてコツ、コツ、と、ゆっくり二歩歩み寄ってきて訊ねた。


「事故か、故意か」


 間近で見る男の頬には【ruthlessルースレス】(無慈悲な)という文字が浮いている。


 入社の初日、古都田社長に見すえられたときの緊張感に似た感覚が万三郎を襲う。ただ、日本語で聞かれた分、まだましかも知れなかったが。


「事故です」


 万三郎が答える。


「そうか」


 ネクタイの男はそう言うと、片手を自分の頬に当てて、まるで電話の相手に語りかけるような口調でしゃべりはじめた。


「お聞きの通りです。どうします、会われますか」

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