第八章 善悪(7)
七
「うわああっ!」
接触事故だ。避ける間もなく、激しい振動がダサ三百系を襲う。ワーズたちが乗った、七、八両編成のシートレが、ゴリゴリ摩擦音を立てながら、こちらの車両とすれ違っていく。相手の車両に乗っているワーズたちは一様に目をかっと見開いており、中には万三郎が見知った顔もあった。
――あ! 【sorry】……。
最後尾の車両に座っていたのは、あの【sorry】だった。
一方、【sorry】の方も万三郎に気付いたようだ。「またあんたかッ!」という声がドップラー効果のように近づいて、遠ざかっていった。
――正面衝突でなくてよかった。
万三郎はとっさにそう思う。接触した瞬間、このオンボロ木製シートレが空中分解しなかったのは確かに幸いだった。
車両同士が完全にすれ違い終えてすぐ、万三郎が後ろを振り返ると、【sorry】たちのシートレは大きくカーブしてその全容を見せつつ、ダサ三百系から離れて上昇していく。
“Bob, I’m not a very good student, sorry.”
衝突角度が十分小さかったため、相手のシートレは、どの車両も擦り傷程度で大きなダメージはないようだ。万三郎がしばらく見ていても、ふらつきこそすれ、墜落するようなことはなく、無事スリットへ向かって飛んでいった。
だが、はるかにオンボロな、こちらのシートレにはダメージがあった。車体の下で何かがカラカラと乾いた音を立てて空回りしている。祖父谷がうろたえる。
「まずい、異常に高度が落ちている。戻せない!」
万三郎が慌てて提案した。
「三人の思いを統一しよう」
ユキが半ばパニックになりながら返す。
「飛べとイメージすればいいの?」
だが、ぶつかった時に何かが狂ったのか、ダサ三百系は急速に制御を失い、ワーズたちの居住区へと急降下していった。
「いかん、墜落する!」
祖父谷は、刻々と迫ってくる地上を睨んで歯を食いしばる。万三郎が叫ぶ。
「祖父谷、それからユキ、せめて軟着陸をイメージしてくれ!」
「きゃああ!」
飛行機が大都市の空港に着陸する寸前の地上の風景のようだ。高速で後方に流れていく地上は、何かの映画で見たことがあるような、赤茶けたレンガ造りの民家やボロアパートが密集したエリアだった。
万三郎たちのシートレは、子供たちが草野球しているグラウンドの上空を横切り、背の高い街路樹の先端をかすめていく。低層の建物が面している道をまたいだその先にある、石畳の、小さな広場のような幅の広い道に沿って、万三郎たちのシートレは、ガリガリと不時着、突き辺りの飲食店らしき店の大きなスモークガラスを突き破ってようやく止まった。
掃き出しガラス大窓の方は粉々に割れたが、シートレの方は、車体が炎上することはなく、ただ埃が立ち昇っただけだった。
三両のシートレの全体が店内に入り込んでいたが、幸いにもガラス以外に衝突した人や物はなかった。リノリウム張りのホールのようになっていたからであった。
祖父谷も万三郎もユキも、シートレの着地後は、目の前にある操縦桿――ワーズたちには必要なのだろう――あるいは手すりバーをしっかりつかんだまま、上体を伏せてショックに備えていた。万三郎がむっくりと上体を立てて、そっと辺りをうかがう。
店内はレゲエのようなダンス・ミュージックが大音量でガンガン鳴っている。割れた大窓から明るい陽光が差し込んでいて、舞い上がった埃がその光を反射してキラキラ光っている。光線が差し込んでいる区画とのコントラストが強すぎて、店内はなお薄暗く、全体はよくわからない。
万三郎は振り返った。
「ユキ、大丈夫か」
万三郎はユキの至近距離で声をかけたのだったが、大音響にかき消されて伝わっていなかったかもしれない。万三郎がそう思ったとき、ユキは恐る恐る顔を上げた。無事だった。万三郎は、ユキが怪我をしていないことを目で確認し、頷いて前に向き直る。すると、先頭車両の祖父谷もゆっくり顔を上げた。
「良かった、全員無事だ」
ホッとして万三郎は大き目の声でそう言ったが、祖父谷は後ろを振り返ることなく、緊張感のある声で答えた。
「いや、良くはなさそうだ」
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