第八章 善悪(6)
六
「そそそ祖父谷くん、あなた、かかかなり負けず嫌いみたいだけど、負けず嫌いはあなただけじゃないわよ。うちのチームの万三郎のこと、よくもコココケにしてくれたわね」
祖父谷は慌てた様子でユキの機嫌を取るようにその場を取り繕う。
「いやユキ、君は有能だ。こと英語に関しては、俺より優れている。いずれはわがチーム・スピアリアーズに来てほしい。歓迎する」
高所恐怖症に加え、万三郎への侮辱を聞いて不機嫌極まっていたユキは、吐き捨てた。
「ふん、あんなバババタフライ女のいる組なんて、か、考えられないわ。いい? もし万三郎が負けるようなことがあっても、その時は、わわ私が必ずエグゼキュティヴになるわ」
胸のすくようなセリフだった。この、高度数百メートルの恐怖に震えながら、よく祖父谷の挑発に反ばくしてくれたと万三郎は称賛を込めた眼差しでユキを振り返り、サンキュ! とウインクしてみせた。
その万三郎にユキはたちまち噛みついた。
「何よ、その、してやったりみたいな表情は! まま万三郎あなたねー、あれだけ言われてどうして何も言い返せないの? 反論して相手を説き伏せる説得力も、ETに必要とされる技術のうちでしょ。なな何よ、『う……』って。言いたいことをはっきり言えないようじゃあ、本当、エグ、エグゼキュティヴになんか、なれないわよ。しっかりしろ! この、タタコ!」
「タ、タタコ……?」
万三郎は愕然とする。そして、ユキにそこまで言われて、すぐに何も言い返せない自分をあらためて認識した。
「う……」
それを見るとユキは舌打ちして吐き捨てるように言った。
「それよッ! あー、ムカつく!」
「ハッハッハ!」
やりとりを聞いていた祖父谷が前を向いたまま大笑いした。そしてユキに聞かせるように、頭だけ半分振り返って言った。
「ユキ、君、気が強いね。ますます気に入った。そのうち君を、俺のチームに引き入れて見せる」
そのまま祖父谷は、完全に後ろを振り向くと、目の前の万三郎を全く無視して、ユキを見る。
「必ず君にイエスと言わせてみせる。必ず……ね!」
そう言うと祖父谷はユキにウインクした。万三郎は目を丸くして思わずユキを振り返る。ユキも同様に目を見張り、口をあんぐり開けて赤面した。
「この男、懲りてない……」
独り言のようにつぶやくと、ユキは思わず目を逸らして舌打ちした。
その時、万三郎が目を大きく見開いて大声を上げる。
「わあっ、祖父谷、前ッ!」
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