第六章 ワーズ(一)(8)




「え?」


 ユキには【do麻呂】の言っている意味がよく分からない。だが【do麻呂】は、自らも自慢げな顔で目を閉じて答えた。


「そうなんだ。僕には、役割はあっても、意味はない」


 そして【do麻呂】は、壁際に立つ新渡戸に尋ねた。


「部長、僕がここに呼ばれた理由わけは、僕自身のことについて詳しく話せ、ということですよね?」


 新渡戸が答える。


「【do麻呂】くんのすべてを、この短い時間で語り尽くせとは言わない。いずれまた、ゲスト講師として二回目、三回目と呼ばせてもらうと思うよ」


「分かりました。じゃあ今日のところはこの話の流れに沿った部分だけ……」


 そう言うと【do麻呂】は、【be子】に向き直って言った。


「その前に、そこに立たれると目障りだから、ほら、その教壇の一番奥辺りに椅子置いて座って、お利口にしててよ」


 【do麻呂】は、その辺りに控えておれとばかり、扇で場所を差し示した。


「まあ、失礼な! もっと言い方ってものがあるでしょう!」


「服がどぎつい赤ってだけで、もう目障りなんだよ。香水もきつすぎ」


 ただでさえ気難しいセレブの【be子】に対して澄ましてそう言ってのける【do麻呂】。【be子】は怒髪天を衝かんばかりとなった。


「きぃー、このおたんこなす!」


 京子は目を丸くして小さくつぶやく。


「きぃー、このおたんこなす?」


 【be子】を復唱して京子は笑いをこらえ、下を向いて震え始めた。そして不運にも、それはすぐに【be子】の目に留まった。


「何がおかしいのよ、そこの黒目!」


 まずい。ますますヒステリックになってしまう。万三郎は隣の杏児の方を向いた。杏児は心得て万三郎に頷き、慌てて席を立って、京子の後ろの机から椅子を引っ張り出して抱え、教壇の端に置いた。


「【be子】会長、どうぞこちらへ」


 杏児はそう言うと、自分のハンカチを取り出して広げ、座面に敷いた。もちろん、座面が汚れている訳ではなかったが、【be子】にしてみれば、自分が大事にされているように感じたのか、少し表情が和らいだ。


「あら、あなた、万ちゃんに優るとも劣らないおいしそうな男の子ね。優しいのね。お名前は何だったかしら」


「はい、三浦杏児と申します」


「杏ちゃんね。ありがとう、杏ちゃん」


「いえ、これしきのこと、お安い御用です、会長」


 【be子】は杏児にニコリと微笑みかけると、椅子に腰を下ろし、背もたれに挟まった髪をわさりとオーバーに掻き上げて、最後に空中を蹴りあげるようなジェスチャーで長い脚を組んだ。


 教室入口側の二列目に座っている祖父谷は、同じセリフを、今度は声に出してつぶやいた。


「くっ、おべんちゃら言いやがって……」

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