第六章 ワーズ(一)(7)
七
「ハーイ、【be子】ちゃん、ごぶさたー。話の腰折ってごめんねー」
目にも止まらぬ速さで扇を畳んで落語家張りにパシッと手のひらを打つ【do麻呂】。【be子】は渋い顔をしてプイと横を向いた。
「やあ、皆の衆、初めましてーってか。どうしたの、みんな、そんな真面目くさった顔して。さてはビー子ちゃんの失恋話でも聞かされてたか」
それを聞いた【be子】が憎々しげに【do麻呂】に噛みつく。
「あのねー、あたしはセレブなのよ。かわいらしい少女路線じゃないの。『ちゃん』じゃなくて『さん』づけで呼んでちょうだい」
すると【do麻呂】はにやりと笑って言い返す。
「呼んでもいいけど、『ビー子さん』ってなんだか、『二号さん』みたいな感じがするよ、正妻A子さんの次ってイメージ。それでもいいの?」
「違う! 漢字表記なら『美しい子』で『
「へえ、漢字あったんだ。それなら、『よしこ』とか『みこ』とかの呼び名にしたらよかったのに、『ビーコ』て、君、奇特というか……」
奈留美が笑いをこらえ、下を向いて震えているのを見て【be子】は逆上した。
「うるさいわね【do麻呂】! 親のつけた名前にあなた、文句つけようって言うの」
「あっ、ひょっとして君の母親の名前は……」
「
【do麻呂】は立ったまま腹をよじった。
「うわ、マジそれ? A子の娘がB子……? 二世代かけてギャグやってるの」
奈留美が「ク……クォ……ホン」と向こうを向いて不自然な咳をした。【be子】はいよいよ怒りに打ち震える。
「ああーっ、本当にこの男、嫌いっ! こんな業務命令の講演でもなきゃ、絶対会いたくなかった。今日は何てついてないのかしら」
新渡戸が、そばにいたユキや祖父谷に素早くつぶやいた。
「【do麻呂】くんは【be子】さんと張り合っているんだ。だから煽っている」
そして新渡戸は、たまりかねた様子で二人に割って入る。
「まあまあ、二人とも落ち着いて」
新渡戸は二人を交互に見て説得するように落ち着いた声で言う。
「二人とも、職務的には確かに似ていると思うが、何もそこまで張り合わなくても……。現場では違うタイプのオーダーに対応することが多いから、二人は普段、
【be子】がぷうと膨れて脇を向いた。
ユキが訊く。
「【be子】さんはさっき、助動詞大好きとおっしゃっていたのに、どうして助動詞【do麻呂】さんだけが例外なのですか」
【be子】はそっぽを向いたまま、ユキに答えた。
「この男は変わり者なのよ。他の優しい助動詞たちとは違うの」
【do麻呂】が指で扇をバチンと弾いて口を挟む。
「『特別な』助動詞と言って欲しいな」
ユキが問いを重ねる。
「何が、特別なんでしょうか」
【be子】はあざけるように言った。
「この人は、空っぽ。意味のない助動詞なの」
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