第五章 仲間(11)


十一


「奈留美さあ、お箸やから食べられへんのやろう? ナイフとフォークもらったら」


 四葉京子が張り詰めた空気を破った。マサヨが即反応する。


「あ、そうなんですか。すぐお持ちしますね」


「ああ、お手間をかけますわね、そうしてくださるかしら」


綾目小路奈留美あやめこうじ なるみは没落貴族の娘やからねえ。庶民の食べ物は慣れてないんよね」


 そう言うと京子は、箸で切り分けたハンバーグをあーんと自分の口に運んだ。


「京子さん、没落貴族とは何という言いぐさですか! 庶民派貴族とおっしゃい」


「はいはい、お嬢様。うちら庶民の文化を理解するのは大変やでえ」


「庶民は食事を摂る時、スカートのウエストを緩める文化があるのですか」


 京子はたちまち赤面する。


「いややわ、この人、見てたん? このスカートあまりにもキツイんよ」


「京子さん、豪快に食べ過ぎですよ。それより、食べ方を訊いただけですのに、庶民の方にこんなに冷たくあしらわれたのは初めてですわ」


 奈留美はそう言うと恨めしそうに万三郎を見た。万三郎はハンカチを出して一心にスーツに撥ねた水を拭いていたが、ふとその手を止め、奈留美の方を向いて言った。


「あのさ、あんたら三人とも、どういう経歴の持ち主で、どういうなりゆきでETになったの? みんな、あまりにも個性的過ぎる」


 そこへマサヨがナイフとフォークを持って奈留美のところへやって来た。


「気が利きませんでした。どうぞお使いください」


「まあ、ありがとう。それからね、マサヨたん……」


 マサヨは驚いた。


「どうして、私の名前を」


「あら、入店した時に、店長さんがあなたにおっしゃってましたわ。『マサヨたん、奥へ』って。『マサヨたん』て。わたくし、ちょっと引きましたわ。それで覚えていましたの」


 マサヨが恥ずかしそうにうつむいた。喧嘩になりはしないか厳しい目でなりゆきを見守っていたマスターも、動揺してテーブルからちょっと目を逸らした。カウンター席のユキだけが、どや顔でマスターを見つめる。だが僕は、奈留美を遠目に見ながら声ならぬ声でつぶやいた。


「あんたのキャラの方が引くわ」


 ふいに奈留美は、それまでのおっとりした表情から、苦悶の、そして何とも悩ましい懇願の表情に変えてマサヨに訴えた。


「それよりマサヨたん、痛み止めのお薬って置いてありませんこと? 世界が終わるのではないかと思うほど激しい頭痛が、わたくしを今にも襲おうとしている予感がするのですわ」


 万三郎が言う。


「まだ、痛くないんでしょ?」


 奈留美は口を尖らせた。


「今、頭痛の気配を感じるのです。今日は、転ばぬ先の爺やがおりませんから、念のためです」


「あっ!」


 万三郎は奈留美を二度見した。いや、正確には奈留美の胸のKCJ社章を見たのだった。それから万三郎は、祖父谷の社章、京子の社章を凝視した。そして自分の社章も手で持ち上げて順番に観察した。


 万三郎の社章は光っていなかったが、三人のETの鴨の目はうっすらと赤く光りを放っていた。

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