第五章 仲間(10)



「万三郎とやら、これはどうやって食べるのです」


 マサヨが三人のハンバーグ定食を配膳し、ライスを取りに戻っている間に、万三郎の目の前の美女が自分のハンバーグを見下ろしたままで訊いた。四葉ギャル子も、ユキに敵対的な視線をたっぷり、送れるだけ送ると、コツコツと靴音高く自分の席に戻っていった。祖父谷も着席する。一人話しかけられた万三郎だけが、自分のカウンター席に戻ってくることもままならず、取り残されたように、その場に茫然と立ち尽くしていた。


「これ、万三郎とやら」


 美女が呼ぶのを無視して万三郎は祖父谷に呼びかける。


「おい、祖父谷」


 だが、祖父谷もまた、万三郎の呼びかけを無視している。


「旨そうだ。いただきます」


「万三郎、おまえに訊いているのです」と美女。


「おい、祖父谷」と万三郎。


「旨い! こりゃ旨い」と祖父谷。


「ほんまや、旨いわあ、これ」と四葉京子。


「万三郎、この食べ物はどうやって食べるのかと訊いています」


「おいっ、ヨッシー!」


 苛立つ万三郎に、ようやく祖父谷が反応した。祖父谷は箸を止めて万三郎をまっすぐにらみつける。


「お前、なんで俺の子どもの頃のあだ名を知っている」


義史よしふみのあだ名は、おおかた『ヨッシー』だろうよ。そんなことより、この人にハンバーグの食べ方、教えてやれよ」


 万三郎は、目の前の女を目で示した。


「お前が訊かれているんだろう、お前が奈留美なるみに教えてやれ」


 祖父谷は、奈留美と呼ばれた女の向かいの席が空いているのをあごをしゃくって示した。


「馬鹿な。どうして俺が向かいに座って、知らない人にハンバーグの食べ方を教えなくちゃいけないんだ」


 祖父谷はもう知らん顔で食事を再開している。


「おい、ヨッシー」


 祖父谷はぎろりと万三郎を見た。


「中浜万三郎、お前にあだ名で呼ばれる筋合いはない。二度と呼ぶな」


「そんなこと言ったって、この人を……」


 口ごもる万三郎に向かって、奈留美が美しい唇を尖らせる。


「万三郎、はやく教えなさい」


「いや、隣を見りゃいいじゃん! ヨッシーのやってる通りやれよ」


 その時、万三郎に水が飛んできた。


 バシャッ!


「な、な、何をする!」


 万三郎は顏にとんだ水滴を吹き払いながら祖父谷に怒りの顔を向けた。祖父谷が自分のコップの水を万三郎に掛けたからだった。


「二度と言うなと言ったはずだ」


「おい、喧嘩なら外でやってくれ!」


 マスターの怒号がカウンターの向こうから響いた。


 しーん。店内は一気に緊迫した空気に包まれる。

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