第五章 仲間(8)



 マサヨが下がっていくと、男は万三郎を見つめたまま、美女の頭越しに悠然と手を伸ばし、握手を求めてきた。


祖父谷義史そふたに よしふみだ」


 万三郎も、求めに応えて手を伸ばす。


「中浜万三郎だ」


 ところが、その名前を聞いたとたん、男は素早く手をひっこめ、目を見張ったままガタガタと向こうの壁際まで後ずさりした。男の向かいに座っているギャル風の女も恐怖におののいてガタンと席を立ってのけぞった。顔をしかめ、慌てて万三郎から遠のいて、その出かたをうかがう。


「な……」


 手を前に差し伸べたまま、万三郎は居心地のよくない静寂を持て余した。祖父谷と名乗った男がいまだ驚きの色を隠さずつぶやく。


「お、お前が、中浜万三郎か」


「あ、ああ、そうだが」


 万三郎が怪訝な顔で同意すると、男は当惑した顔でこちらに目をやった。


「すると、あの男が、三浦杏児……」


「そうだが、どうしてそんなに驚くんだ」


 答える万三郎にギャル女が、


「マジでぇー?」


と、恐怖におびえたような声を上げていっそう身をのけぞらせる。


 祖父谷が警戒を解くことなく万三郎に言う。


「お前たち、ワーズ社員たちを二人でリンチにかけたらしいな」


「な、何だって!」


「チンステではワーズたちの間で大きな噂になっている。KCJを破壊しようとする悪党ETたちがチンステを暴力で支配しようとしているって」


 万三郎もポカンと口を開けて仰天していたが、それは僕も同じだ。


――どうして、そんな誤解が?


 万三郎の表情から、僕と同じ、声ならぬその質問を読み取ったか、祖父谷義史は、怒りを込めた目で万三郎を見ながら、非難を口にした。


「今日、【punch】と【elevator】が、俺たちの研修室に現れて、『ひでぇ目にあった』とこぼしていた。奴ら、包帯だらけだった。お前、なんで自分の会社の社員に暴力を振るう? ETの風上にも置けない不届き者だな、お前たちは」


「いや、待ってくれ、それは誤解だ」


 慌てて否定しようと手を振る万三郎に、祖父谷は言葉をかぶせる。


「おお、そうか誤解で、何十人ものワード社員たちがぶん殴られて、無理やり無茶苦茶な編成のシートレに乗せられて、上空で起爆ボタンを押されたのか、そうか誤解で、なあ」


 万三郎は声を失っている。僕はこちらから何か反論しようとしたが、やはり言葉が出なかった。事実と虚構が入り混じっていて、どこを否定し、どこを認めるか迷ってしまったのだった。万三郎も僕も、ただ同様に下唇を噛んで、祖父谷の非難に耐えなければならなかった。

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