第五章 仲間(9)



 壁にぴったり背中を付けて、万三郎と距離を取っていたギャル風の女が、ただそこに佇んでいるだけの万三郎に向けて「はっ」と息を吐き、それからコツコツとこちらのカウンターへ歩いて来た。ギャル女は、ユキの目の前で足を止め、ユキに正面から向き合うと、突然ユキの胸ぐらをぐいっとつかんだ。


「きゃっ」


 ギャル女は、ユキの襟についた鴨の社章を至近距離で確かめる。ハエトリソウを思わせるまつ毛が、わさわさと音を立ててまたたいているようにユキには感じられた。


「ふーん、本物のETやね、おたく、名前は」


「そっ、その前に、手を離しなさい!」


 ユキは自分の襟元をグイッとつかんでいるギャル女の手を払いのけた。


「うちは、四葉京子よつば きょうこ。おたくと同じ、ETやで。で、名前は」


「福沢……由紀」


「ええっ、何て? 声、ちいそうて聞こえへん!」


 まつ毛をわさわささせて女が訊く。


 その時、テーブル側から祖父谷が、女に制止の手を上げて言う。


「京子、もういい。そのコは福沢由紀さんだ。みどり組の組員だよ」


 四葉京子と名乗ったギャル女は、「ふうん、みどり組……ねえ」としばらくユキから目をそらさずにつぶやいた。そして隣の僕をちらっと見ると、「プッ」と噴き出した。


「みどり組っちゃあ、また思い切った自虐趣味なチーム名やなあ。味があるわあ」


 僕は、四葉京子の思わぬセリフに、ことの真意をはかり兼ねてぽかんとしていた。だがユキの方は、怒りと羞恥でわなわな震えだした。ユキは、目の前の四葉京子よりむしろ、向こうにいる祖父谷に向かって噛みついた。


「なんで私の名前を知ってるわけ? それに、『組員』って言い方、止めてほしいんだけど」


 祖父谷はユキの方を向いて答える。


「今日、研修中に新渡戸部長から聞いたんだよ。君の名前も。『みどり組』ってチーム名も」


 それを聞いて万三郎がいぶかしむ。


「今日、研修室にいたのは俺たち三人だけだ」


「それは第三研修室だろう? 俺たちは第二研修室だ。まあ、もっとも、明日からは時々、合同研修になるようだけどな」


 そう言うと祖父谷はあらためて万三郎の顔を指さした。


「おい、中浜、明日から合同研修になるという、その前夜にここで会ったのは偶然だが、ちょうど良い機会だからこの際、言っておく。いいか、お前たちに対するワーズたちの評価は最悪だ。お前たちのような野蛮で無能なETは、決してエグゼキュティヴにはなれない。俺たちは、お前たちと共に講義は受けるが、仲間にはなれない。俺たちはみどり組とは違う。より優秀で優越した存在であり続ける。俺たちは『チーム・スピアリアーズ』だ。覚えておけ。あ、ハンバーグ定食、こっちへ。ありがとうございます」

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