第二章 杏児(16)
十六
そう長い時間かからずに、僕たちはそれぞれのシートレの編成をほぼ同時に終えた。「ウインウイン」と「ビーッ、ビーッ」の警告音が両ホームのスピーカーから鳴り響く中、僕と中浜は同時にゴーサインを出した。
――頼む、ベンの心に届いて、乱闘騒ぎが収まってくれ……!
隣の中浜は、思いが口をついて出た。
「頼む、エレベーターに乗り込む前に、スミス社長の心に届いてくれ……」
中浜も僕もホームの先端に立って、目の前を通り過ぎつつあるシートレの、各車両に乗っているワーズたちを順に確認していった。
――【Oh,】でしょ、【my】でしょ、【God】でしょ……。
“Oh, my God. Please, please, please! Keep punching me, don’t don’t. Calm down, put on your cap. and go back to your bench.”
「あれっ?」
見間違いかと思って、もうすでに発進して行ったシートレの後ろ姿を僕は見つめる。
最後の一文、「落ち着いて、帽子をかぶって、そしてベンチに戻ってくれ」、これは問題ない。だが、その前……。
“Keep punching me.”
「キープ・パンチング・ミー」? キープ(続ける)になっていなかったか? ストップしてほしいのに? そして、
“don’t, don’t”
……って、ありゃなんだ? 僕はあんなの指示した覚えがない!
僕は慌てて、タブレットで今自分が送り出したシートレの乗員名簿を呼び出して確認した。
――ああ。最悪……。
心配していた通り、【stop】であるはずのところに【keep】が間違えて乗っており、その文の末尾に、【don’t】【don’t】と、余分な二つのワーズが乗っていて、文が意味不明になっていた。
「ちくちょう! あれじゃあ口に出して言ったら『どんどん殴ってくれ』みたいに聞こえるじゃないか!」
僕は、隣りで自分のシートレを見送った中浜に言う。
「中浜くん、君が呼び出したワーズと、僕のワーズが間違って乗って行ったみたいだ、確認して」
中浜はハッとして、「まさか」と言いながら、自分のタブレットから乗員名簿を呼び出した。
「君が呼んだ【keep】の代わりに【stop】が間違って乗ってないか? それからどこかで【don’t】が二つ、抜けていないか」
中浜の横顔がみるみる土気色に変わっていく。
「はあああ……ちくしょう!」
僕は、歯噛みして悔しがる中浜のタブレットを覗き込んだ。
“Please, Mr. Smith. Please, please, please!”
(スミスさん、どうか、どうか、どうかお願いします!)
“Stop listening to us. Calm down, get on the elevator, and go back to America.”
(私たちの話を聴くのをやめて、心を静めてエレベーターに乗って、そしてアメリカに帰りなさい)
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