第一章 万三郎(12)

  十二


 三浦が、それまで見つめていた胸の社章から視線を上げた。


「社長、大きく分けて質問が三つあります」


「なんだね」


「一つ目は、私と中浜……くんは、同胞なのですか、それとも……」


 三浦がこちらに顔を向けたので、目が合う。ショートヘアが精悍な顔つきによく似合っている。なかなか良い男だ。さっき社長に、三つの意見を述べてたてついたことから考えると、論理的でコシの強い性格なのかとふと思った。


 社長が答える。


「協力し合いたまえ。そして時には競い合いたまえ。君たちはチームだ。そうだな……『チーム・ミドリムシ』と名付けよう」


――チーム・ミドリムシぃ?


 これは勘弁してほしい。俺はそれを口に出した。


「社長、それはちょっと」


 すると社長は、こともなげに次なる思いつきを指示する。


「では、『みどり組』にしなさい。英語で『緑』(green)には、『未熟な若造』という意味がある。まさしくその通りじゃないか。もって励みとしなさい」


「み……」


 今度は俺が、一文字だけ鳴いた。


 代わりにまた、三浦が問う。


「二つ目の質問ですが、私たちの職場はどこになりますか」


「当面、ここ、本社内の研修室が多かろう。言い忘れていたが、ET専用の社員寮を用意している。衣食住の心配は必要ない」


――えっ、社員寮? 俺たちは寮に住むのか?


 にわかに疑問が湧いてきた。だが、俺がそれを口にするより先に、三浦杏児が三つ目の質問だと称して、まさに俺が訊きたかった質問を訊いた。


「社長、ここはいったい、どこなのですか」


 社長は、ほんのわずかの間、何か考えているようだったが、すぐに彼にしっかり目を据えて言った。


「東京都千代田区永田町一丁目、株式会社KCJ本社社長室だ」


――東京? 東京なのか、ここは。いつの間に俺は東京に来ていたんだ? いや、そもそも俺はなんでここにいる? この会社を志望していたのか? なぜ……?


 記憶が混乱し始めていた。どうしても思い出せないのだ。何か大事なパーツがごっそりとまるごと抜け落ちているような感覚に襲われていた。


 その時、社長は三浦に逆に訊いてきた。


「ここの場所も分からずに、今朝、君はどうやってここへ来たというのだ」


 三浦は言葉に詰まっている。


 まさしく言われる通りだ。言われる通りなのだが……。


――俺は、この社長室にどうやって来た? いや、そもそもこの本社にどうやってたどり着いた? 歩いて来たのか? 地下鉄で来たのか? どこから? 今朝、俺はどこで目覚めたのだ?


 その時、社長は、今度は俺を見てあごをしゃくった。


"You?"


――来たよ。さっきと同じモードだ。


 問われるまでもなく、今考えていたところだ。だが俺も完全に混乱している。何が何だかよく分からない。どうしても、ここに来る以前のことが思い出せない。


 社長は、黙って俺の答えを待っている。


――普通、この質問は反語的な皮肉だろう? 場所がわからずに来られるわけがないのだから、君はこの場所をわかっていたはずだと。それで終わりじゃないの? それ以上何を聞き出したいんだ?

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