2 表裏
誰もいないはずなのに白い足と足音がしたら気をつけて。
絶対に声をかけてはいけないよ。
足音の消えた方に行ってはいけないよ。
それは、私が小さい頃におばあちゃんがよく言っていた言葉。
ちょっと怖くて一人になるのが怖かったっけ。
何で今思い出したんだろう。
一人でいるから?
それとも、見間違いでなければ、今、磨りガラスの向こう側。何か、通ったから?
「誰?」
つい、声が出てしまった。怖かったけど、無視するのも怖くて。磨りガラスの引戸を開けてそっと覗いてみる。誰もいない。
「誰かいるの?」
口が不安を消したくて勝手に動く。ご丁寧に足まで勝手に動く。何かが消えた方向に。
廊下を歩き突き当たりの部屋を覗くがやはり何も、誰もいない。そして、何も変わらない。
なんだ。おばあちゃんの言ってたのはただのおどかしか。なんて、寛いでいた自分の部屋に戻ろうと一歩来た道を戻る。
あれ?同じ風景なのに何か違う。自分の部屋のテレビは付けっぱなしのはずなのに静かだし、二階は自分一人だが、一階には母が夕飯を作っているのに音も匂いもしない。そして、おばあちゃんが目の前にいる。
おばあちゃんは、七年前に死んだのに。
─あらま、来ちゃったの?─
おばあちゃんはにっこり笑ってる。
『ご飯できたよー降りてきなさい!』
どこからか母の声がする。その声に反応すると、おばあちゃんが私の手を握った。とても、冷たい。
『あら?どこにいったのかしら?』
母が二階に上がってきたらしい。近くにいるのに足音だけが聞こえる。
お母さん、と言っているのに返事はない。むしろ、声になってない。おばあちゃんはまだ手を離してくれない。
足音が遠ざかる。
待って!
おばあちゃんを振り切って走り出そうとして躓く。足元には、朽ちた、おばあちゃん。
え?じゃあ、手を握っていたのは?
振り返ったが誰もいない。代わりにいつもの明るい我が家が、おどろおどろしく崩れて、まるでお化け屋敷のように廃れている。
─誰もいないのに足音についていくと裏側に連れていかれるよ。そこは怖いこわーい、所だよ。戻るには表の世界の足音についていくしかないんだよ。でも、一度きり。音が聞こえたらその時を逃してはいけないよ─
一度きり。遠ざかる母の足音。足元にある朽ちたおばあちゃんは私の足首を掴んでいる。
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