3 気付いた時はもう遅い
人生、山あり谷ありなんていうけど、確かに楽しいこともあったけども、ああすりゃよかったなとかこーすりゃよかったなって後悔も多くて。戻らない過去にすがっても、時は残酷に過ぎていくし、ということは、若さも失って、新しく始めることに年齢なんて関係ない時代だけど、今思えばあの時やれたことは今はもうやれないって思って結局やらないし。息詰まる仕事に、自分で行き詰まらせているのかもしれないけど、そんなことを理由につまらない日々を送っている。
「わぁ!真っ白!全然周り見えないねぇ」
俺の隣で白い息を吐きながら彼女ははしゃいでいる。
今、たまの休みをゴロゴロ過ごそうと思っていた俺を彼女が「そうだ!山に登ろう!」っていって、地元でも有名なそこそこ標高の高い山に登ってきている。先ほど頂上にたどり着き今別のルートで下山中。山の天気は変わりやすく辺りは霧か雲に覆われ足元と少し先の道以外は何も見えない。
日頃からの運動不足で登りもキツかったが下りはさらに身体にくる。初夏の日射しにやられたかと思えば頂上付近は肌寒い。汗が冷えて更に寒い。
「なぁ…いつ頃帰れる?」
帰ったらゆっくり湯船に浸かりたいなぁ。しかし、今日無理して行動したおかげで、少し前向きになれた気がする。何かしたい、そう思った。
心なしか足取りが軽くなった俺は少し先をとことこ歩く彼女に声をかけると、彼女は振り向きもせず明るくこう言ったのだ。
「さぁ?だって私たちまだ入口にも辿り着いてないんだよ?」
入口?何のことだろう?登山口には確かにまだ程遠いが入口ではないだろ?そう疑問に思う俺に彼女はくるりと振り返ってにっこり笑った。
「死後の世界ってこんな感じなのかな?暖かいとこだといいね!」
俺は忘れていた。
俺たちは、死んでいる。
彼女は職場でのストレスで鬱になり自殺し、俺も過労で倒れてそのまま。俺たちはお互いを気遣うことなく喧嘩ばかりし、そして、死に別れた。
こんなに穏やかに何故会話できなかったのだろう。
自分を自分で追い詰めて何がしたかったのだろう。
帰ったら何をしよう、なんて、もう無理なのに。
最後の最期まで後悔しっぱなしじゃないか。俺の人生谷底だな。
そんな俺の心を察したのか、彼女は仲良しだった時によくしていた表情を浮かべて手を伸ばす。
「生まれかわるまでどのくらいかかるのかな?ねぇ、その時までは一緒にいよ?」
真っ白な霧に彼女が包まれる瞬間、伸ばされた手を、俺は強く握り返した。
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