第22話逮捕
7-22
二十年以上前。。。。
俊子が土手を見て来て直樹に言う。
「お父さん、車止まっていますよ」
直樹が裏口の隙間から覗く。
「本当だ、白い車だな、近くに行ってナンバーを控えて、観察して確実なら警察に通報だな」
「弘子には内緒にしましょうね」
「そうだな、瓢箪から駒も有るからな」
「そうですよ、恋愛に初心な娘だから、都会の男性に想われていると知ったら、若しかして」
「そうだよ、笹倉家の婿養子の話も壊れてしまう」
二人は不確実な事に神経を使うのだった。
何も知らない正造は年が変わって、朝の電車で会う回数の少なく成った弘子の姿を一目見る為に、毎週の様にこの土手に車を止めて、宛のない時間を過ごしていた。
顔が見たい、切掛けが出来ないだろうか?
川の霧が土手を越えて田畑も包み込んで、弘子の家が霧の上に浮かんでいる様な幻想的な風景。
その日も弘子は家から出て来なかった。
昼過ぎに正造は土手を離れて家路に向かった。
何度同じ事を繰り返すのだろう?切掛けが欲しいが本音だった。
手紙の失敗が大きいと思う正造だったのだ。
勝巳は何度も弘子を誘って遊びに行こうとするのだが、中々付き合って貰えない。
弘子の両親の話は弘子には伝わっていない。
本当はそんなに早く弘子を結婚させたくは無かった。
二人は本人には言わなかったのだ。
変な男が弘子の廻りに居るのが気掛かりだった。
次の週の日曜日にも車は朝から昼過ぎまで止まっていた。
「俊子、間違い無い先週と同じだ、ナンバーを確かめて来た、顔は見なかったが、若い男性だった、良いカメラを時々持って、我が家の方を見ていたよ」
「カメラを持っていたの?」
「そうだよ、あの夜写真を撮影した男も間違い無くあの男だ」
「来週も来たら、警察に届けましょうか?」
「そうだな、弘子には内緒でな」
「そうですね」
しかし、翌週は朝からの雨だった。
冬には比較的多い雨で車が土手には来なかった。
「来ていませんね、」
「この雨だからな、弘子も、もう学校にも今週で殆ど行きませんからね」
「勝巳君とは、その後は?」
「勝巳さんが、誘っているみたいですよ」
「弘子は?」
「乗り気では無い様ですね」
「上手く纏まって欲しいのだがな」
「武雄さんは?」
「高卒だろう、弘子と話しが合わないのでは?」
二人には娘が短大を卒業しているのに、の自負が有ったのだ。
当時田舎では漸く女性が大学で学ぶ人数が増加した頃だった。
通学代、学費は田舎の女子には相当な負担だった。
下宿させると変な男が?の心配も有った。
翌週冷えた川面に朝霧が漂って、幻想的な風景を創り出していた。
正造は土手に車を止めてのんびりと眺めて居た。
「来ていますよ」と俊子が言う。
「よし、警察に電話だ」
二人は、娘が付け狙われて困っている。
カメラで何度も撮影されて、怯えて娘は家も出られないと訴えていた。
誰ですか?相手は?判りません!恐くて、早く捕まえて下さい。
話しを大きくしなければ、警察は動かないから、二人は大きくして、今もカメラで私達の家を、弘子が出て来たら襲う為に待って居ますと大袈裟に言う。
何も知らない正造、突然車の窓ガラスをノックする警官。
正造にはまさに仰天の出来事だった。
「此処で、何をしているのだ?」
「朝霧の風景の撮影ですよ」
「お前はカメラマンか?」
「アマチュアですが?」
「本当に良いカメラを持っているな」
二人の警官は直樹に言われたカメラで撮影が頭に残っていたから「聞きたい事が有る、同行してくれるか?」警官に言われて驚いたが、その時正造は別の事を考えて居た。
若しかして正直に言えば、弘子との接点が出来るのでは?
自分が言えば、確かめる為に弘子が来るのでは?と異なる期待をしたのだった。
警察に行った正造は、電車の中で会う桜井弘子さんに会いたい。
切掛けが欲しくて来ましたと訴えた。
写真を写したのか?の質問には知りませんと答えていた。
それ以外は事実何もしていなかった。
唯、最近は毎週この土手で家を眺めているだけだったから、案の定警察は桜井の自宅に電話で確かめていた。
「真面目な、男性で名前は田宮正造、大手の損害保険会社に勤めています、年齢は二十三歳、娘さんに電車の中で会って一目惚れして、電車の中での娘さんの会話で住所を知ったと話しています」
「それは、嘘です、写真も撮影されていますし、娘は怯えています、今も部屋で震えています、厳重な処分をして下さい」
弘子は友達大山順子と遊びに出掛けて居たのだが、直樹は嘘を言うのだった。
そう言わないと引っ込みが出来ない。
「写真は桜井さんの裏の川の渓流と朝霧が綺麗なので撮影していましたよ、何枚かの綺麗な写真を見せてくれましたよ」
「それは口実ですよ、厳重に処分を」
「一度娘さんにも本人を確認して貰いたいのですが?」
「大学を卒業している、常識人ですか?」
「桜井さん、当たり前ですよ、大手の損害保険の正社員で、一流大学を出てなければ入社出来ませんよ」
直樹には驚きだった。
変な男だと想っていたが、一流大学卒業のエリートだった。
しかし今更無かったとは言えなかった
娘に聞くと言って、電話を保留にしてから「娘が怯えて、会わないと言いますので、そちらで厳重な処分をお願いします」
「判りました」
話しが終わった警官が正造の元に戻って「娘さんが、お前の事に怯えていて、部屋を出られないらしい」
「それ?一体何の話しでしょうか?」
正造は当てが外れて、予想外の展開に成った。
弘子が来て自分を見れば知っている筈だ。
何かの切掛けが?の目論見は見事に外れた。
念書の様な物を書かされて、解放された。
それにはもう二度と桜井家の近所に近づかない事、弘子さんにも近づかないと云う文章だった。
正造が帰って警官は「これ事件に成るか?」
「無理だろう、しかし一応取り調べしたから、検察には送るか」
「仕方が無いだろう」
「一流大学に一流企業の男も恋愛には疎いのだな」
正造は弘子とは終わったと自覚していた。
でも怯える事、何かしたか?写真か?それ以外は何もしていない。
手紙は他人に、土手では唯、遠くから田畑を眺めて居ただけだ。
直樹は自分の嘘がその内バレルのでは?の恐怖が有った。
確かに何もしていないので、被害は無かった。
弘子から聞いた記憶も無い!もし写真を写した男が別人なら尚更、無実の男を罪に陥れた事に成る。
弘子が知ったら?その夜、直樹が「弘子、毎日の通学で会う男性で感じの良い人は居たのか?」
「お父さん、変な事、聞くのね、どうして?」
「いや、大勢の人だから中にはいい人も居るのかと思ったのだよ」
「そうね、昼間の通学は駄目ね、年寄りと学生が多いわね、朝は感じのいい人居るわよ」
「そうなのか?」
「一流企業の社員とかね、素敵な人ね」
何だか嬉しそうに微笑んだ。
「何故、一流企業と判るのだい?」
「だって、背広にバッチが付いているから、直ぐに判るわよ」
「そうか、保険会社も一流は判るのか?」
「良い質問ですね、お父さん!、実はね、去年から朝の早い授業の時に会う男性ね、時々目が会うのよ」
「えー、その人はお前を意識しているのか?」
「判らないわ、でも大手の損害保険の社員ね、多分去年の四月入社だわ」
「弘子に気が有るのか?」
「目では有ると思うのだけれど、満員電車だから、名前も住所も判らないわよ」
「その、男性が声を掛けてきたら?」
「性格は付き合わないと判らないけれど、真面目そうで、感じが良いから、付き合うわ」
「えー」二人は顔色が変わった。
「でももう、朝早く行かないから殆ど会わないわ、縁が無かったのね」
その言葉に直樹は驚いていた。
娘が云う男は今朝、警察に引き渡した男性に間違いが無い。
こんな偶然が起こるのか?愕然とする直樹だった。
「俊子、困ったな、弘子は好きだった様だ」
「もう、どうする事も出来ないわ、縁が無かったのよ」
「無実の罪で逮捕してしまったのかも」
困り顔の二人は「早く、結婚させましょう」
「そうだな、勝巳君は乗り気だから、弘子さえ承諾すれば纏まるな」
二人は勝巳に弘子を会わせる策を練るのだった。
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