朝霧

第16話不思議な三角関係

　　７－１６

陽子は祖母の話を正造に聞いて貰おうと電話をするが、留守電に成る。

（叔父さん、大変な事実が判ったの、一度会いたいのだけれど、夕方行くわ）とメールをした。

来ると言われたら仕方が無い、元々正造は会いたかったから（夕食でも食べる時間なら良いですよ）と送ると（叔父さんの家は事務所から近いの？）

（はい）

（場所教えて）

（何故？）

（いつも、お世話に成っているので、畑の野菜を祖母が持って行きなさいと言うから）

正造は自分の事を祖父母に話しているのか？とびっくりしたが、自宅を教えた。

陽子は友達の車に野菜を載せて、正造の家まで送って貰う事にした。

祖父母に友達に東京で世話に成ったから、お礼がしたいと言って野菜を貰ったのだ。

夕方の五時前に正造の自宅に着いて、箱一杯の野菜を友達と抱えて、チャイムを鳴らすと、友達は荷物を置くと用事で走り去った。

暫くして良造が出て来て「何方さんですか？」

「いつも、お世話に成っています、桜井陽子と申します」とお辞儀をした。

中から春子も出て来て「お爺さん？何方様でしょうか？」と陽子の顔を見て驚きの表情に変わった。

「お母さんですか？正造さんにいつもお世話に成っています、これは自宅で栽培した野菜なのですが、お召し上がり下さい」と重たい箱を押しだした。

唖然としていた春子が我に返って「どうも、ありがとう、こんなに沢山頂いて」と笑顔で礼を述べて「上がってお茶でも」と言った。

「正造さんと約束していますので、行かないと」

「そうですか、また、いつでも寄って下さい」と会釈をして見送るのだった。

殆ど同時に弟の亮造が入って来た。

「可愛い女の子が来たみたいだけど？誰？」

「正造の友達らしいよ」

「兄貴にあんな若くて綺麗な知り合いが居たの？」

「私はそれより、驚いたよ」

「何が？」

「昔ね、いや、今もだけれど、正造の部屋を掃除していて見たのだよ」

「何を？」

「机の引き出しが少し空いていて、閉まらなくて開けると中に白黒の女の子の写真が引き延ばして入っていたのだよ」

「昔だろう」

「もう二十年以上前だよ」

「そりゃ、兄貴も青春だから有るだろう」

「今も時々見ている様だよ」

「凄いじゃない、それと今の女の子関係が有るの？」

「有る、と云うか、本人だよ」

「お袋、何を云うの？今の娘さんまだ二十歳前だよ、兄貴の写真って二十年前だろう」

「でも、生き写しだったよ」

横から父が「お前も野菜持って帰りなさい、こんなに沢山食べられないから」

亮造は持参した封筒を春子に渡すと「じゃあ、少し貰って行くか」

そう言って箱から幾つかの野菜を抱えて、帰って行ったが直ぐに戻って来て「お袋、俺あの子見た記憶が有る」と叫んだ。

「何処で？」

「大学に通学していた時、二、三度電車で会ったよ、今思い出した」

「お前の方が馬鹿じゃないの？あの子は今二十歳前だよ」

「あっ、そうか、えー兄貴の隠し子？」

「本当か」今度は良造が驚きの声をあげた。

「じゃあ、兄貴もあの女の子が好きだったのだ、知らなかったなあ」亮造は納得した様に言う。

「お爺さんの言っている事、本当かも」今度は春子が言い出した。

「結婚話に耳を貸さない訳だ、子供が居たのじゃ無理だよな」

三人は勝手な想像で盛り上がるのだ。

「何故、私達に相談しなかったのだろう？」

「彼女の両親に反対された」

「でも子供が出来たら許すでしょう」

「じゃあ、兄貴の子供では無いな」

「じゃあ、先程の娘さんは？」

「彼女の娘さんは間違い無い」

「正造の彼女！」春子の声のトーンが変わる。

「親子程の歳の開きだな、兄貴も中々のものだ」

「亮造、誰にも言ったら駄目だよ、恥をかくからね」と春子はあり得ない正造の恋愛に失望を隠せなかった。

駅に戻った陽子は正造の到着を待っていた。

声をかけてくる若者が数組有ったが「彼氏待って居るので、ごめんね」と言って断るのだった。

暫くして正造がやって来て「何を食べたい？」と尋ねる。

「何が良いかな、鰻って美味しい？」

「そうだった、陽子さんは鰻が好物だったね、焼いている処有るからそこに行こう」

「わー、嬉しい」といきなり腕を組んできた。

正造は悪い気はしなかったが、駅から降りてきた姉の大垣美晴に見られていた。

自宅に用事で来たのだが、早速春子に正造の姿と女の子の話を大きくして、面白可笑しく語っていた。

「びっくりしたわ、綺麗な娘さんと腕を組んでいたわよ」

「お爺さん、やっぱり、彼女だよ、こりゃあ事件だよ」

春子には驚きと、嬉しさが同居していた。

鰻屋に入った二人だったが、此処にも知り合いが既に飲んでいた。

柏木豊と木下誠次の二人が正造を見て手を挙げたが、陽子を見て微笑むだけにしたのだった。

二人に話しが聞こえない場所に座ると、目の前に鰻の焼く炭火が見えて「美味しそうよ」と見入る陽子。

「蒲焼き二つに、焼き鳥」

「私は生ビール飲むけれど、陽子さんは？」

「私も、同じ」と微笑みながら言った。

「大丈夫？」

「ビール美味しいし、暑いでしょう、だから！」陽子は楽しそうだった。

久々に正造に会えたから、気分が弾けていた。

ジョッキーが二つと付き出しの冷や奴が来て「じゃあ、乾杯」

「乾杯」と二人は飲み出した。

「叔父さん、違うお父さんだ、大変な事を祖父から聞いたのよ」

「何を？」

「勝巳さんはお父さんだったのよ」

「やはり、そうだったか」

「それがね、そのお父さんと聡子さんが恋愛してしまったらしいの」

「えー」

「それで、二人が海外に逃げて、母が追いかけて行ったのよ」

「驚きの話しだね、祖父母が怒るのは無理ないね」

「でしょう、父を姉妹で取り合いに成ったのね、入院していたお婆さんの息子さんね」

やきとりがテーブルに届いて「焼きたてで美味しいわ」と食べ始める。

正造が飲み終わって「お代わりと言うと」

「私も」と言ってジョッキーを差し出した。

「ええー、酔うと帰れないよ」

「大丈夫お父さんの家に泊まるから」

「ええー」

驚く正造に続けて「だって家知っているから」

そこに鰻の蒲焼きが来て「わー、大きいわ、焼きたてを、食べるのは始めてだわ」

早速食べ始めて「美味しいわ、最高！」満面の笑みで食べるのだった。

鰻を食べ終わると陽子は戸籍謄本を差し出して「これ見て、三人共死んでいないでしょう」

「そうだね、何処に住んで居るのだろう？」

「それにね、お父さん以外に笹倉の家では、清巳さんも小さい時に亡くなったみたいだわ」

「兄弟多いね、だから養子さんに来たのだね」

「それとね、笹倉違いの真子さんのお母さんに会いに行ったら、桜井は疫病神だと逃げたのよ」

「えー、陽子さんではなくて、桜井と云う名前の人に不幸にされたとかかな？」

鰻を食べ終わって、鮭のお茶漬けを注文していたら、ふたりが来て「お嬢さんを紹介してよ」と言う。

陽子が急に立ち上がって「いつも、父がお世話に成っています、娘の陽子です。どうぞ宜しくお願いします」とお辞儀をした。

「田宮、お前の娘さん顔も綺麗けれど、行儀も礼儀もしっかりしているな」と二人が言った。

柏木が「鳶が鷹を産んだな」と笑ったら「お父さんが鳶なら叔父さん達も鳶ね」と言ったので「こりゃあ、参ったな、先に帰るよ」と二人は出て行った。

話しを聞いていた鰻屋の親父が「田宮さんにこんな綺麗なお嬢さんが居たのには、びっくりしました」と笑うと、陽子が「お父さんじゃあ、有りません、彼氏よ」そう言って微笑んだ。

驚く正造に「まあ、父親は娘さんには、彼氏かも知れませんな」と鰻屋の主人が笑うのだった。

陽子は二杯のビールで酔っていたので、思っていた事がそのまま出た。

鮭茶漬けを食べて二人は鰻屋を出て「遅く成るから帰りなさい」

「少し酔ったかも」

「そこで、コーヒーでも飲んで醒ましてから、帰った方が良いな」

「はい」正造は陽子を引っ張って喫茶店に入る。

「でも少し変だな？」と正造が言う。

「三人で海外に暮らして約二十年、一度も連絡が無いのも」

「そうなの？」

「知り合いに刑事居るから、一度相談してみるよ」

正造には陽子の話が少し変に聞こえたのだった。