第8話勝巳って?

 7-8

携帯を渡せばいつでも連絡が出来る。

今は彼女から連絡が無い限り、正造は連絡出来ないのだ。

先週から一度も連絡が無いので、陽子はどうしているのだろう?病気は?怪我は?

祖父母に写真を見つかって、取り上げられていないだろうか?

正造は毎日毎日、陽子の事を考えない日は無かった。

陽子は祖父に見られたので、監視されていないかが心配で連絡をしなかった。

高校生の時も同級生の男子生徒と、歩いているのを見られて、監視された事が有ったから警戒をしていた。

二週間が過ぎて、正造も我慢の限界に達した時、電話が「叔父さん、連絡出来なくてごめんなさい」

「病気?」

「違います、祖父に先日の土手の現場見られて、少し間を開けていたのです」

「そうだったの?見られていたのか、土手は鬼門だな」

「土手は鬼門なの?」

変な事を言う正造に気にせずに「もう一人、母のお友達をご存じでしたよね」

「はい」

「今度のお休みに一緒に行って貰えませんか?」

「良いですよ、夏だから歩くと暑いですよ」

「日傘持って行くわ」

「それが良いね、土手は鬼門だから、近くに行ったら電話しますので、通りまで出て来て貰えませんか?」

「はい、判りました」

正造は久々に陽子と会えると喜んで居た。


日曜日朝から電話の前に、陣取る陽子に祖母の俊子が「陽子どうしたの?電話の前に座って」不思議そうに言った。

「お友達が電話くれるの、待っているの」

「珍しいね、男の子かい?」

「違うよ、女友達よ」

「今日はお爺さん居ないから、親戚に会いに行ったからね」

「何処に?」

「笹倉のお婆さんの見舞いだよ」

「具合悪いの?」

「心臓がね、入院したのだよ」

「見舞いに行かなくても良いの?」

「お爺さんが戻って様子を話すから、それからでも良いよ」

そう話していたら正造が電話をしてきた。

急いで出掛ける陽子、半袖の白のレースの上着にブルーのスカート、髪をバレッタで留めて、走って家を出て行った。

「遅く成らない様にね」

祖母の言葉を後ろに、表の道に出て行くと、正造の白のセダンが停車していた。

「お待たせ」と言って助手席に乗り込むと、正造が紙袋を陽子の膝に置いて、車は発進した。

「何?これ?」

「開けてみなさい」

紙袋から携帯の箱を取り出して「わー、携帯電話?」

「使って下さい、代金も私が払うから」

「えー、貰って良いの?通話代金まで?」

「これが有ると、いつでも話したい時に話せるからね」

「高いのに、友達も殆ど持ってないよ、わあー嬉しいわ、実は欲しかったの、でもお爺さんに大学行かせて貰っているのに無理言えないでしょう」

「アルバイトはしてないの?」

「お爺さんがいけないと怒るのよ」

「箱入りなのだね」

「年金生活のお爺さんなのに、無理は言えないから諦めていたの、本当に嬉しいわ」

「喜んでくれて、ありがとう、でも沢山通話しないでね、特に長電話」

「はーい、でも不思議ね、こんなに良い叔父さんを振るなんてね、お母さん見る目ないわね、私なら即okだよ」と笑う陽子は早速手帳から、知り合いの番号を入力してゆくのだった。

「流石に若いね、説明書見なくても出来るのだ」

「これなら簡単よ」

「充電してきて良かったよ」

「そうだ、叔父さんの番号を入れるのを忘れていたわ」

「一度鳴らしてみて」

暫くして着信音が正造の携帯に鳴った。

「おおー、かかった」と喜ぶ二人。

正造には先程の陽子の言葉が心地よく残っていた。

陽子さん、私は一度も貴女のお母さんとは話しをした事が無いのだよ、だから私の気持ちは、お母さんには伝わっていないのだよ、と心で叫んでいた。

暫くして、笹倉真子の自宅の有る場所に到着した。

「この辺りだな、車駐車してくるよ」

陽子は車を降りて、辺りの表札を見る。

「あっ、笹倉って」と口走ったのは路地を入った角の家だった。

暫くして携帯が鳴った。

「何処?」

「便利ね、そこの角の路地を入ったところです」

陽子が手を振って「此処の家かな?」

チャイムを鳴らすと反応が無い。

すると隣の家の人が「病院にお見舞いに出掛けたよ、市民病院に」と教えてくれた。

「そうですか?お尋ねしても良いですか?」

「何でしょうか?」

「こちらに真子さんって女性が、昔住んでいらっしゃいましたか?」

「幾つ位の人ですか?」

「当時は二十歳、今は四十歳位だと思うのですが?」

「結婚して出て行った娘さん居たかなあ?」

「私の母の友達だと思うのですが?名前は桜井と云います」

「私が嫁いで来る前かな?私が嫁いできたのが二十年程前だからね、その時に、二十歳過ぎの娘さんは居なかったよ」

「そうなのですか」

「病院に行けば、会えるわよ」

「何故?」

「お爺さんがもう、危ないから全員来ていると思うから、こっそり見るなら」

「有難うございます」

二人は会釈して市民病院に向かうのだった。

話しは聞けないだろうが、それらしき人には会えるのではとの期待だった。

市民病院の案内に聞いて笹倉さんで尋ねると二人入院されていると言われた。

両方の部屋を聞いて、二人は別れて行く事にして、判ればお互いが携帯で連絡をする事にした。

陽子が向かった病室は大部屋で六人、女性の部屋だった。

これは違うと戻りかけたら「陽子、よく此処が判ったな」と聞き慣れた声、祖父の直樹だった。

「お爺さん、あれ?」

「笹倉のお婆さん?」

「知っていて来たのだろう?」

「まあ、そ。のー」返事に困る陽子。

その時に携帯が鳴った。

アチヤー、陽子は慌てて電源を切った。

そして笑いながら「お婆さん、具合は?」とベッドの智恵子に声を掛けたのだ。

「陽子かい、見舞いに来てくれたのかい」

持っていた花の包みを手渡す陽子だ。

若しもの場合見舞いの品が有ればと正造が病院の近くで買ってくれたものだ。

「ありがとう、ありがとう」と智恵子は大いに喜んだ。

「陽子もよく気が利く娘に育ちまして」

「直樹さんの教育が良いからですよ、勝巳も喜んでいますよ」と智恵子が言ったら、直樹が急に恐い顔に成って「お婆さんと話しが有るから、もう帰りなさい」とまるで追い払う様に病室を出された陽子なのだ。

勝巳って?誰?廊下に出て携帯の電源を入れて、正造に電話をして、「ごめんなさい、とんだトラブルで」と言うと「こちらには、それらしき、女性は居ないね」と正造の返事。

「そうなの、話し出来る雰囲気では無いのね」

「そうだね」

「じゃあ、車に」

二人は車に戻って「どうしたの?トラブルって?」

「祖父が見舞いに来ていたのが、笹倉さん、もう一人の方よ、もうびっくりしてしまって」

「一緒だと危なかったね」

「ほんとうよ、早く出ましょう、又見つかると,大変だから」

正造は車を発進させた。

「私も免許取ろうかな、だって田舎は車が無いと不便よ」

「そうだね、電車は一時間に一本だしね」

「でも花持って居て助かったわ、流石歳の功ですね」

「歳は余計だよ」そう言って笑うのだった。

「もう、お昼だから、何か食べる?」

「時間余ったから、叔父さんとデートに行こう」

「この辺りで何処か有る?」

「遊園地行きたいな-」

正造は陽子が子供だと思いながら、近くの遊園地を目指していった。

途中にレストランが有ったので入る事にするのだった。

「先程ね、祖父と笹倉のお婆さんが変な事言ったのよ」

「何を?」

「私が咄嗟に花束をお見舞いだと言って差し出したら、よく気が利く娘さんに育ちましたね、勝巳も喜んでいますと、お婆さんが言ったら急に祖父が、話しが有るので席を外せと言われて出て来たのよ、変でしょう」

「勝巳さんって、笹倉のお爺さんの名前では?」

「違うと思うわ、確か一雄だった、長男久雄、次男武雄ってみんな雄が付いていたと」

「じゃあ、誰だろうね?」

二人は又、天ざるそばを食べながら話していた。

先日のそばが美味しかったから、又注文していた。

正造がわさびの固まりを食べて、お水を一気に飲むのを見て陽子は笑い転げていた。

何故か、正造と居たら気が休まる陽子には楽しい一時、父親を見ていたのかも?

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