朝霧

第7話消息不明

　　７－７

桜井直樹は来年七十歳、妻俊子は六十八歳、陽子との三人暮らしで、田畑を一町程耕作している。

昔は兼業農家だったが、定年後は年金と農業の生活で陽子を育てていた。

最近は身体の衰えを感じる直樹だった。

「陽子、何処に行ったのだ？」

「お友達と遊びに行くと言っていましたよ」

「自転車置いて有るけれど？」

「友達が迎えに来ているのでは？」

「男友達では無いだろうな」

「何も言わなかったから」

「もう、陽子も年頃だから、気を付けないと、悪い虫が付くから」

「そう、言って弘子も早く結婚させたでしょう」

「。。。。。」その言葉で二人の会話は途切れた。

「叔父さん、脅かしてごめんなさい」と謝る陽子に正造は「驚きましたよ、脅かさないで下さい」と笑ったが怯えた顔は陽子には不思議だったのだ。

半袖のベージュのワンピース姿で髪はストレートで、昔の弘子の服装によく似ていた。

「行きましょうか？隣の駅の近くの大山順子さんですよ、多分結婚されて自宅には本人は居ないでしょうね」

「そうですよね、もう四十歳過ぎですからね」

「子供さんもいらっしゃるでしょうね」

暫くの二人の沈黙の後、正造が「何回見てもお母さんに似ていますね」陽子の横顔をちらっと見た。

「私も写真を見てそう思いました」

「先日駅前で会った友達が、陽子さんの話を飲み屋さんで喋ったから、親子に成っていますよ」そう言って笑うと「じゃあ、親子でこれからは通しましょう」と簡単に言うのだ。

呆れ顔の正造に陽子は大山順子さんに会ったら、何を聞こうかと頭の中で考えていた。

「この近くですが？車を駐車してから探しましょう」

駅の近くの駐車場に車を駐車して、住所を頼りに探し回る二人。

二十年前の住所は区画整理によって、住所が変更に成っていて中々判らない。

近くだろうと思われる家に飛び込みで入って尋ねても全く判らない。

交番に行こうと言う陽子に、躊躇する正造。

「どうしたの？叔父さん、判らない場合は警察が一番よ」

「私は警察は苦手でね、嫌いなのだよ」

嫌そうな顔をする正造を見て「変なの？じゃあ私が聞いてくるわ」と筋向かいの交番に走って行った。

正造は付近の人に、昔の番地はどの辺りかを聞いていた。

暫くして、交番から戻った陽子が「この辺りじゃないわ」と言った。

「その様ですね、近所の人に聞いたら、少し離れていますね」

「今日は暑いわ、日焼けしそうだわ」

「陽子さんは色が白いから、焼けると大変だね」

「でも歩きましょう」

そう言って先に歩いて行く陽子、母を捜す為に必死な様子が伺えるのだった。

一キロ程歩いて目的の場所に着いたが、大山の表札の家が無かった。

「見当たりませんね」

「何処かの家で聞いて見ましょうか？」

正造がチャイムを鳴らすと中年の女性が出て来て陽子が会釈をすると「何でしょうか？」

「この辺りに大山さんと云う家は有りませんか？」と尋ねると、暫く考えて「知りませんね」と答えた。

「もう二十年程前なのですが？」

「私はまだ此処に越して来て十年程ですから、町内会長さんに聞かれたら判るかも知れませんよ」

そう言って家の外に出て、町内会長の家を教えてくれたのだ。

「中々簡単には見つからないのですね」

「二十年は長いですね」

「叔父さんは、まだお母さんを忘れていなかったのでしょう」

「。。。。。」沈黙の正造だった。

不味い事を言っちゃったと陽子は後悔していた。

町内会長の自宅に二人は入った。

六十代の女性が出て来て「大山さんですか？」

「二十年程前なのですが？ご存じ無いでしょうか？」

女性は暫く考えて「あの大山さんかな」と言い出した。

「一人娘が事故で亡くなった人でしょうかね」

「どの様な方でしたか？」

「一人娘さんが短大を卒業されて暫くして、確か交通事故だと聞きましたよ」

「交通事故？」

「それで両親はショックで落ち込み方は半端では無かったと、暫くして、離婚されたと聞きましたね」

「消息は？」

「判りませんね、お役に立ちませんですみません」

話しを聞いて二人は時間の経過を思い知らされたのだった。

「残念だったね、次の人探す？」

「少しショックです」

「もう一人もこの近くだと思うよ、」

二人は駅前に戻って「食事しようか？」と正造が尋ねた。

時計は既に一時を過ぎていた。

「そば、うどんの看板だ」

正造は元気付けて陽子を店に連れて入った。

「天ざるそばを二つお願いします」正造は勝手に注文した。

陽子の落胆の顔に、聞くのを遠慮したのだ。

天ざるそばを食べて多少元気に成った陽子は「次、行きましょう」と元気よく立ち上がった。

店内の客がその声に陽子を見て苦笑したのだった。

車で少し走って野々村真希の自宅を探した。

空き地を探して車を止めて、探すのだが、大山と同じく野々村の自宅が無い。

「在りませんね」

「そうですね」

「この辺りの家で聞きましょう」と正造が入って行くと陽子も後に続く。

今度は意外と知っていて「数年前に引っ越されました、息子さんの仕事の関係で」と教えてくれた。

「どちらに、引っ越しされたか判りますか？それと娘さんがいらっしゃったと思うのですが？」

「引っ越し先は東京だと思いますよ、息子さんがお呼びに成ったと思いますが、お嬢さんは知らないですね、もう私が嫁いで来た時には、嫁がれていたのでしょうか？見ていませんね」

四十歳位の女性がその様に言った。

「東京の住所は判りませんか？」

「年賀状が一度届いたけれど、直ぐには判りませんね」

そう言ったので正造は自分の名刺を差し出して、判ったら教えて貰える様に頼んだのだった。

女性は保険金の調査なのかと思い安心したのだ。

陽子は「時間を感じますね」と言った。

「何軒か聞きましょうか？」

「はい、娘さんの事が判らないから」

近くの家に入って聞いたが、全く知らない。

次の家に行くと年老いた老婆が「そうだった、娘さんが居たけれど、学校出て暫くして居なくなったから、嫁いだのでは？」と言ったが嫁ぎ先は知らないと言った。

「判らないなあ」

「そうですね、野々村さんを知らない人も多いですね」

時間を感じる正造は弘子をまだ覚えている自分は変な人？心で自問自答をしていた。

「人の家の中までは中々知らないのが普通だね」

「叔父さん今日はありがとう、遅く成るし、もう疲れたでしょう、次回にしましょう」

「そうだね、送るよ」

車は陽子の自宅に向かった。

中々人探しの難しさを感じていた。

「叔父さん、今日はありがとう」

陽子は土手に車が止まると、正造の頬にキスをしたのだ。

呆れる正造だったが、その様子を田んぼに居た直樹は見ていた。

まさか、自分の孫娘とは思ってなかったから、車の中でイチャ、イチャして最近の若者はと見ていたら、

陽子が車から降りてきて驚く直樹だった。

自宅に戻って暫くして直樹が畑から戻って「陽子！今、男の人の車に乗っていただろう」しまったと、変わる陽子顔。

「保険会社の叔父さんよ、年寄りの人よ、送ってくれたのよ」

「本当か！」

「本当よ、変な事考えているでしょう、お爺ちゃん」

今度は直樹が陽子の勢いに負けそうに成った。

「年寄りでも、男性の車に一人で乗らない様にしなさい」

「はい」

陽子は心の中で舌を出していた。

判っているわ！危ない人の車には乗らないわ、叔父さんは大丈夫よ、悪い人ではないわよ。

陽子の気持は何かを隠して居る様な、祖父母に対する疑念だった。

正造は帰り道、陽子に携帯電話を用意しているのを、言い忘れていたと思い出した。

連絡が簡単だから、渡していつでも話しが出来る様にしたかったのだ。

でも、今日探しに行った二人共行方不明、大山さんは亡くなったかも知れないから、不思議な事だ。

もう一人笹倉真子は大丈夫だろうか？心配に成る正造だった。

弘子の学校にも連れて行ってやろう、母の記憶を探す哀れな娘だ。

出来るだけの事はしてあげよう、そう思う正造なのだ。