第6話古ぼけた写真

7-6

次の日、同業者から笹倉久雄の兄弟の名前が送られて来た。

長男久雄、次男武雄、長女久美子は嫁いで片山久美子に成っていた。

次女智恵美も嫁いで下田智恵美で、四人兄弟と書いて有って、別に変わった事はなかった。

暫くして電話で「子供さんは健在の人だけだ、昔に亡くなった人とか、子供の時に亡くなった人も居たようだ」と連絡が有った。

「有難うございます、助かりました」とお礼を述べた。

子供の頃に亡くなる事が、昔は多かったからと正造は考えていた。


保険会社の名前で学校に電話をすると、住所なら教えますと、簡単に教えてくれた。

笹倉真子、野々村真希、大山順子の住所を聞き出した。

この情報は、今度陽子に会ったら喜ぶだろうと、正造は考えたのだった。

陽子は昔の写真とかを探して、聡子の姿を探していたがアルバムは殆ど無かった。

出てくるのは自分の子供からの記録が殆どで、母の写真も殆ど無かった。

母の子供の頃の写真が僅かで、聡子さんはやはりお父さんの妹か姉?

でもあの叔父さんは母の姉妹だと言っていた。

何故?の疑問が大きく膨らむ陽子は自然と正造に連絡をして、もっと母の記憶を知りたく成った。

「明日帰りに会って頂けませんか?」

「いいですよ」

「今回は駅前でお会いしたいです、送って頂くと遅く成りますから」

「良いですよ」

本当は送りたかったが正造は我慢したのだ。


翌日半袖のワンピース姿で髪を後ろにバレッタで留めて,若々しい服装で改札を出て来た。

正造を見て手を振る仕草が可愛い。

改札で人を待っている男性の視線が、陽子に注がれている様な錯覚さえ感じる。

綺麗で若々しい姿は眩しいのだ。

二十年前に何故この光景に成らなかったのだろう?

「お待たせしましいた」と言いながら近づいて来ると、陽子は「コーヒーで良いわよ」と言った。

「じゃあ、そこの出た処にゆっくり出来る喫茶店有るからそこに行きましょうか?」

廻りから見れば完全に親子だ。

事実、陽子は両親の愛情に飢えていた。

祖父母は歳を追う事に体力が衰えるから、どうしても父母の役割は出来ないのだ。

陽子はいきなり腕を組んできたので、正造はびっくりした。

「良いでしょう、お父さんみたいだから」

「じゃあ、お母さんが要るね」と笑うと「お父さんと歩きたかったの」

両親の顔も多分知らないのだろうと思う正造。

「両親の写真は無いの?」

「祖父母が、子供を捨てる親は親でないから、処分したのだって昔話したわ」

「それにしても、酷いね」

「だから、二人の事を知っている人に会いたいのよ」

少し涙声に成る陽子だ。

喫茶店に入ると背広のポケットから、一枚しかない写真を取りだして「私もこれ一枚しかないし、綺麗に写って無いから、見せたくなかったのだけれど」

写真を食い入る様に見る陽子の目から涙が流れていた。

「これがお母さん」と言った。

「本当に知らないの?」

「お母さんの子供の時の写真は少し有るけれど、大人の写真は無いの、これ貰ってもいいの?」

「写りが悪いので良ければ差し上げますよ、でも祖父母に見つからない様にしなければね」

「はい」

「泣くのを止めてくれないと、私が泣かしたみたいだよ」

「はい」ハンカチで涙を拭う陽子だ。

大事そうに写真をバッグにしまい込んで「他に何か判りましたか?思い出しましたか?」

今度は質問攻めに成った。

「お母さんの友達の住所と名前が三人判りましたよ」

嬉しそうな顔に成って「本当ですか?よく判りましたね」と驚く。

「日記に名前を書いていたのでね、お母さんの短大に電話をしたら教えてくれました」

「簡単に教えてくれるのですね」

「普通はダメでしょうね、私は保険会社だからね」

「そうか、保険金の調査で聞いたのですね」

「そうです」

「でも何だか、お母さんの事が一杯判りそうで嬉しいわ、有難うございます」

「多分、お友達ももう結婚されているから、簡単には会えないだろうから、休みに一緒に行ってあげますよ」

「本当ですか?保険会社の調査で聞きに行くの?」

「まあ、時と場合ですが」

「叔父さん、お母さんの短大に連れて行って貰えませんか?」

「何故?」

「叔父さんの話しだと、お母さんは短大を卒業して、暫くして父と結婚したと思うのです、お母さんが学んだ学校に一度行って見たいのです」

「良いですよ」

「何故、卒業して直ぐに結婚したのか?その辺も判ると良いのですが?」

「それは、友達に聞かないと判らないでしょう」

「友達って、近所の人?」

「私が知っている友達は近くの人だけですよ、それ以外にも沢山居たでしょうが、私は知りません」

「でも、何人か判れば順番に判るわ」

コーヒーを飲みながら、手がかりが見つかった喜びを笑顔で表すのだった。

先程まで泣いていたのに急に変わる陽子に、若さと戸惑いを感じるのだ。

暫くコーヒーを飲みながら、取り敢えず母の友達の自宅を訪ねる事にすると決めた。

喫茶店を出て駅に着くまで、腕を組み、もたれ掛かって歩く陽子だ。

父親を模擬している陽子と弘子を連想する正造の奇妙な二人。

駅から正造の友人が降りてきて「田宮、娘さん?綺麗な娘さんだね」と会釈をしながら近づいて来た。

「ああ」と曖昧な返事をすると「いつも、父がお世話に成っています」と陽子がお辞儀をした。

地元だから時々知り合いに会うのだけれど、柏木豊に会ったのは少々困った事で、結構色々な処で喋るからだ。

「お父さん、私帰るから、またね」と手を振って改札に向かった陽子だった。

正造はもう少し陽子と話しがしたかったのに、と残念顔になる。

「下宿でもしているのか?」

「まあ、そんな感じかな」

「でも似てないなあ、凄く可愛い」

「妻に似ているのだよ」

適当に誤魔化す正造に「また、飲みに行こうな」そう言って自分は飲み屋街に消えた。

今夜の内に広がるのだと正造は感じるのだった。

それほど、陽子のインパクトは柏木には大きいだろう事が想像出来た。


案の定、次の日

「田宮、お前、離婚していたのだな」と友人の一人、木下誠次が電話をしてきた。

「内緒にしてくれよな」

「凄く、綺麗な娘さんらしいなあ」

「柏木に聞いたのか?」

「もう飲み屋街で知らない奴は居ないよ」

予想はしていたが、一番喋りな男に見つかったと後悔をするのだった。

翌日、スナックのママまで「田宮さん、もの凄く綺麗な娘さんがいらっしゃるのね」

「冷やかさないで下さいよ、偶々下宿先から寄っただけですよ」

「今まで一度も聞かなかったから」

「別れた妻と暮らして居るのですよ」

「結婚されていたのね、独身主義かと思っていたわ」

笑って誤魔化したが、当分飲み屋街には行けないなあ、と思う正造なのだ。


陽子は田宮に貰った古ぼけた写真を毎日、飽きるほど眺めていた。

「お母さん、何処に居るの?」

「お父さんと一緒なの?」

布団の中で写真に語りかける陽子の宝物に成った。

次の休みに田宮の叔父様と一緒に母の友達を訪ねる事に成っていたので、もっと母の事が判ると期待をするの陽子。


日曜日、正造は家の裏の土手に迎えに行くと連絡をしていた。

何度この場所に来たのだろう?此処から遠くに弘子の自宅が見える。

田植えが終わって、一面緑の田んぼの向こうに弘子の家が見えた。

二十数年前もこの光景は何度か見た正造だった。

約束の時間より早く来て、川を眺めて辺りの風景を楽しんでいた。

道路沿いは昔に比べて大きく変貌していても、裏側は昔と全く変わらない風景が在る。

二十年前と全く変わらないのだ。

約束の時間より随分早く陽子は土手にやって来た。

川面を眺めて居た正造に後ろから驚かす様に肩を叩いた。

正造が大袈裟に驚いた様子に、陽子が逆に驚いたのだ。

顔面から血の気が引いていたのだ。

何故?陽子は驚かせ過ぎたのか?と後悔をする不思議な光景だったのだ。



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