第9話東京へ
7-9
正造は自分の年齢を忘れる程楽しいのだ。
遊園地でジェットコースターに二度も乗って、陽子の長い髪が正造の頬を撫でると、最高の幸せを感じていた。
二十年前の青春を今取り戻している心境に成っていた。
お化け屋敷に入ると陽子が必死で正造の腕を掴むのが感激の時だった。
弘子と遊んで居る!そんな気分だった。
数時間遊園地で遊んだ二人は充分満足していた。
母の消息探しは暫し忘れていた。
陽子も父と遊んだ事が無かったから、正造を実の父と思う程甘えていた。
子供の頃から父親と遊びたかったのだ。
お父さんと遊んだらこんな感じなのかなあ?嬉しさが込み上げる。
車に戻った陽子の目に涙が滲んでいた。
「どうしたの?恐かったの?」
「違うわ、お父さんと一度遊園地で遊びたかったの」
そう言いながら泣き出してしまった。
困った正造は優しく陽子を抱きしめた。
「ありがとう、ございました」泣きながらお礼を言う陽子だった。
両親に一度も会っていない可愛そうな娘なのだ。
愛に飢えていると正造は感じた。
両親がどの様な形で現れるのか、本気で探してやりたいと思う正造だった。
帰りの車で「笹倉さんが落ち着いたら、自宅にもう一度聞きに行こう、野々村さんの住所も判るかも知れないよ」
「ありがとう、叔父さん、優しいね」
陽子は正造が本当に優しい人だと思い始めていた。
何故?母はこんなに優しい人を相手にしなかったのだろう?
叔父さんは母を愛していたから、私に対する態度以上に優しかったと思うのに、何故?陽子の脳裏にひとつの疑問が生まれていた。
翌日から陽子は挨拶の様に、毎日携帯で正造に電話をしてきた。
「おはようございます、元気です!」位しか話さないが、正造には嬉しかった。
電話のない日は逆に心配になって自分から電話をするのだ。
陽子は笹倉の家なら自転車で行ける距離だから、少し時間が経過して落ち着いたら、聞きに行こうと思ったのだ。
お爺さんの調子が悪く家族が集まっていたから、一ヶ月程時間を開けてから行こうと考えていた。
野々村真希の近所の叔母さんが、正造に電話をくれたのは、初めて会ってから随分経過していた。
忘れていたらしく、詫びながら、東京の住所を教えてくれたのだ。
早速陽子に連絡すると、夏休みが来週からだから、行って聞いて来ると言うのだ。
しかし十八歳の娘を一人で東京に行かせるのは、中々勇気が必要だと正造は思った。
「叔父さんには、お願い出来ないでしょう」と意味ありげな言葉に考え込む正造だった。
どの様に祖父母に言うのだろう?簡単には行かしては貰えないだろう。
正造も東京には数える程しか行ってない。
陽子を一人で行かせるには、不安が大いに有ったのだ。
可愛くて綺麗な陽子が、東京の男性に声を掛けられて何処かに?そう考えているととても一人では行かせられない正造だった。
陽子は祖父母に友達と夜行バスで、デズニーランドに行きたいと話していた。
バイトをしていな、陽子には先ず旅費が必要だったのだ。
この様な事態の為にバイトは必要だと、お年玉を貯めていた通帳を見る陽子だ。
祖父に陽子が尋ねた。
「先日のお婆さんの話って何だったの?勝巳さんがどうかしたの?」
「陽子には関係無い、」と苛立つのだった。
「夏休みに、東京のデズニーランドに行きたいの、友達三人で云っても良い」
「そうか、行ってきなさい」
「そう、お爺ちゃんありがとう」
ドサクサに頼むとすんなり許可が出て、お小遣いまで貰えた。
でもあの勝巳さんの事を話すと苛立つ祖父に疑念が湧いていた。
陽子は早速正造にメールで(東京行きの許可貰いました)と送るのだった。
それは正造が同行してくれないだろうか?の期待だ。
陽子も心細かったのだ。
(誰か一緒に行ってくれるの?)と送ると暫くして(叔父さんかな?)と返事が届いたのだ。
思わず苦笑の正造。
東京か八王子の田舎だな、住所を見ながら正造は行く気持ちに成っていた。
日帰りは無理だなあ、若い女の子がカプセルホテルには泊まれない。
自分が同行しても二部屋必要だし、土日でなければ中々行けない。
(土、日なら行けるかも)と送ると(ほんと!一緒に行ってくれるの?旅費出すわ)と返事が来た。
お爺さんの年金を出して貰う訳にはいかないので(ホテルはどうするの?)と送ると(高く成るから、同じ部屋でも良いわよ)と返事が来る。
何を考えているのだろう恐いと正造は思う。
すると見透かしたように(叔父さんは何もしないから安心だから)とメールが届くので、呆れる正造だった。
結局来週の週末に東京に行く事にして、駅迄来てくれたら行こうと決めた。
陽子には二人分の旅費は困難なのだ。
切符の手配はするからで話しが決まったのだ。
正造は三人の友達には簡単に会えるだろう。
そして陽子の母親弘子は直ぐに消息が判るだろう。
もし陽子さんと仲良く成ったら時々食事でもして、弘子を思い出せればそれで最高だ、と思っていたのに
三人の友達の消息も判らない状態に驚いていた。
そして陽子と東京迄行く事に成るとは想像もしていなかった。
二十年前に電車で会っただけの女性の子供と、この様な成り行きに驚いていた。
週末、母の春子が「珍しいね、東京に出張なんて」と言いながら準備をしてくれた。
「保険会社の本社の主催の懇親会なの、今まで行かなかったのだけれど、誘われてね」と嘘を言った。
後日、母はその時の事を嘘だと見抜いていたと言ったのだ。
駅に歩いて行くと陽子はもう改札の中で待って居た。
正造を見つけて大きく手を振った。
半袖の水玉の薄い水色のワンピースに帽子を被って、お嬢様スタイルに改札を抜ける男性が一目見て行く。
可愛い蝶の形のサンダルに腰にも蝶の飾りのベルト、正造は夏のジャケットにネクタイスタイル、懇親会と言った手前ラフなスタイルが出来なかった。
「これ、切符」と手渡すと「叔父さん、これグリーンだ、乗った事無いわ」と大喜びに成る陽子を見て目を細める正造だった。
陽子は(のぞみ)のグリーンに座って「わー、座席も広い、乗り心地最高ね」
「折角だから、時間が余ったら、東京タワーでも行こうか?」
「東京から住所の場所迄何分掛かるの?」
「一時間程かな?」
「私、夜行バスで行った事に成っているから、月曜日の昼帰れば良いのよ」
「日曜の夜はどうするの?」
「そうね、叔父さんの家に泊まるかな」
「えー!」
「嘘よ、駅前のホテルに泊まるわ」
「じゃあ、日曜日の朝から八王子に行って、遅い電車で帰るかな」
「それで良いわ、早く帰っても困るわ」
「東京迄戻るとして五時間有れば充分探せるでしょう」
「今日は何処に泊まるの?」
「東京駅、移動に便利だから、部屋は二つ予約しているから、安心して」
「気を使わなくても良いのに、私は気にならないわ、叔父さんを信じているから」そう言って笑った。
新幹線の電光掲示板に台風が日本に近づいて明日、夜から上陸の恐れと電光版が伝えていた。
「台風が来ているのだね」
「小さい台風で雨台風だと、お爺さんが昨日話していたわ、農業しているから天気に敏感なのよ」
「沢山耕作しているの?」
「一町とか話していたわ」
「年寄りには負担だね」
「私は一度も手伝った事無いわ、手が荒れるからって、触らせないの」
「大事に育てられたのだね」
「両親以上に大切に育ててくれたと思うわ、でも父にも母にも一度は会いたい」
そう言うと涙目に成っていた。
東京で何か判る事を期待していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます