第三話 妖狐ノ国

(…?)


玉藻前(タマモノマエ)は常世にある【妖狐ノ国】を統べる九尾の狐だった。白く美しい尻尾を揺らしながらがしがしと頭を掻いた。


「玉藻前様、御髪が乱れます。」


静かにそう言ったのは側近の珠緒(タマオ)という女狐だ。


「珠緒よ…何か感じぬか?」


珠緒は首をかしげた。いつも開いているのか分からない目をしている珠緒は黒と白の耳をピンと張り詰めた。


「貴方様はいつも考えすぎなのです。たまには現し世にでも…」


玉藻前はふふっと笑った。笑うと幼く見えるその顔は、どこか寂しげだった。


「ばかを申せ、今更現し世になど…行けるものか。」


珠緒は少し顔を伏せた。


「…妾の勘違いかもしれん。だが、もし勘違いでなければ、大変なことになる。」


玉藻前はすぅ…と息を吸いこんだ。


「霧雪(ムセツ)!霧氷(ムヒョウ)!」


名前を読んだと思えば、冷たい空気が部屋に流れてきた。


「「お呼びでしょうか、我が主よ。」」


右手を心臓のあたりに添えて現れた妖狐2匹が全く同じタイミングで言葉を放った。


「僕の方がかっこよかった!」


薄水色の尻尾を得意げに揺らしながら霧雪はそう言った。


「はぁ!?私の方が凛々しかったわよ!」


霧雪と同じ色の霧氷は尻尾を膨らませながら反論した。


二匹の妖狐は双子なのだろう、ほとんど同じ顔で喧嘩を始め、見かねた珠緒は微笑みながら首を振った。


「こら、止めんか。」


玉藻前がその喧嘩を止めると、急に真剣な顔になった。


「非番の時にすまぬ。もしかしたら人間が常世へ入り込んだかもしれん。見つけ次第、生かしてここに連れて参れ。」


静かな口調でそう言った。すると、珠緒が不思議な顔をした。


「人間であれば即刻殺しても構わないのでは…?そもそも、常世に人を連れてくるのは大罪です。共犯者がいるなら、その者も処分するべきではないでしょうか。」


すると、玉藻前は目をぎらりと光らせた。


「黙れ、珠緒よ。誰にものを申しておる。妾は生かして連れて参れと申したのだ。」


この人は普段穏やかで優しい。が、ある話に触れようなものなら、こうして目を光らせ、とても恐ろしい妖狐になる。


「大それたことを申しました。」


珠緒は触れてはいけないものに触れたのだ。手を前で組み、深々と頭を下げた。


「と、とりあえず分かりました!人間がいたら生きてここへ連れてくる。」


「共犯者も生かしておく!」


2匹の妖狐はお互いの顔を見て頷いた。


「行け!」


次の瞬間にはもう妖狐の姿はどこにも無かった。


(まさか……な)


玉藻前は窓から見える月を見た。紅い月が妖しく光っている。

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