第二話 銀狐

銀(ギン)は焦っていた。火燐の魂が正常に常世へ来れるのかが心配だったのだ。


銀は常世に住む妖狐だ。普通の人間には姿は見れないのだが、火燐は普通の人間とは違っている。


(また、会えた…)


銀はトラックの運転手の恐怖に怯えた顔を見た。それを横目に、火燐の口元から出した青白い霊魂を口に挟み、軽やかに宙返りをした。


(おれは…)


馬鹿なことをしているだろうか。と自分に問いかけた。


(いや、今度はおれが…)


現し世と常世を繋ぐ暗く細い道を銀は全速力で駆け抜けた。しっとりとした空気が銀の体を湿らせ、銀色の毛を僅かに光らせた。


口で挟んでいる火燐の霊魂は青白く光ったまま、ゆらゆらと揺らめいていた。



火燐が目を覚ますと、木製の小さな天井が見えた。めまいがし、自分がどこにいるのか分からなかった。いや、そもそも何をしていたのかすら覚えていない。


「起きたか…。どこか痛む場所はあるか?」


銀色の髪をした16歳ほどの青年が黄色い目をこちらに向けてそう言った。


「大丈夫…です。ここはどこ?」


その青年はほっとしたように目元を緩めた。


「おれは銀…銀狐の銀だ。火燐は現し世から来た。」


床から起きようとした火燐を、銀は背中を支えて起きやすくしてくれた。


「ありがとう。でも、現し世とか常世とか…そもそも私、どこから来たのか、誰といたのか…思い出せないの。」


銀は思い出さなくていいと思った。火燐がどれほど辛い思いをしてきたか、知っていたからだ。


「現し世は人が住むところで、常世は物の怪の類が住むところだ。おれが現し世へ言った時、トラックに轢かれそうになったおれを火燐が助けてくれた。だが、火燐の肉体は死んでしまうかもしれなかった。だから、魂を常世へ持ってきた。」


妖狐だからトラックには轢かれないのだが、火燐と目が合い見つめていたら、火燐には狐がトラックに轢かれそうになっていると思ったのだろう。


「ねぇ…覚えてることがあるの。もしかしたら本当じゃないかもしれないけど。」


銀は首を傾げた。


「私、動物や草花の命を…奪う、と言うか吸い取る…みたいな。よく分からないけど。」


銀は弾かれたように目を見開いた。そして、懐から何かの薬草のようなものを取り出した。


「…これ」


火燐はおずおずとその薬草を取った。だが、何も起きなかった。


(自分で制御をしているのか、それともこちらではその力は使えないのか…)


銀は安心したように火燐の手から札をもらった。そして、その札を懐に戻すと立ち上がった。


「なにか食べるものを持ってくる」


銀は奥の部屋へ行ってしまった。火燐は部屋を見回した。とても質素な部屋で机と小さな囲炉裏がある。その囲炉裏の中で小さな火が静かに燃えていた。

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