第6話
おふくろの味、というものがある。
子供の頃から慣れ親しんだ味、という意味であり、それは決して母の味とは限らない。
野々宮がその典型的な例。
物心がつく前に両親は離婚し、母親はシングルマザーになったことで朝早くから夜遅くまで仕事中心の生活。そんな中、野々宮は祖母に面倒を見てもらうことが多かった。
そんな彼にとっておふくろの味とは祖母の味のことだった。
そして、その祖母を亡くした後、野々宮がその喪失感から祖母の味を望んだ。
祖母の料理を再現する。
それが、彼の料理の原点であった。
「だから、僕の料理には愛が足りないのかもしれませんね」
自分の目的は自分中にしかなく、その為には他者の意見も感想も不必要なのだから。
それはよく言えば思い出を大切にしていて、悪く言えば独りよがり。
そう心の中で自嘲混じりに考えていると……。
「勘違いをされては困りますが、私はそれがいけないなどとは一言も言っていませんよ」
「え?」
先程までの話と矛盾するような内容についていけなかった。
「いいではありませんか。お婆様との思い出の再現のための料理。私は素敵だと思いますよ」
それはいつもの無表情ではない、ほんのりと柔らかい笑顔だった。
「愛が足りないってーー」
「それはただの感想です。私は 『少し味が濃い』と言っているようなものです。それが自分の拘りだというのなら変える必要はありません」
「……」
どこまで本気なのか、あるいは一言も本気ではなかったのか。騙された……というよりも化かされたような気分。
「それが嫌だというのなら今後の部活動で考えていきましょう」
矢澤は教師らしくそう言ったのだった。
「……って、料理部はウチの学園にはないですがーー、」
野々宮の言葉を遮るようにして取り出したのは、1枚のA4サイズの紙だった。
何かの書類のように見える。
その頭書かれていたのは「部活動設立申請書」という文言だった。
「ないのなら今から作ればいいだけのことでしょう」
よく見れば顧問の欄にはすでに矢澤の名前が書かれている。
申込日は本日の日付。
その字を見て、「意外と可愛い字を書くなぁ」なんて考えが浮かぶくらいには展開についていけない。
「これで、こっそり調理室に忍び込む必要もないでしょう」
何が「鉄の女」だ。目の前にいたのはただ不器用なだけの教師だった。
「お願いします」
そう頭を下げる。「こちらこそ」と返事する矢澤の表情を確かめられないことが残念だった。
その日から彼の料理が始まった。
「本当は1人だけなので料理研究会なんですが……」
「それは別に料理部でいいじゃないですか!」
正式名称、料理研究会。通称、料理部の始まりでもあった。
ハンブルクに愛を込めて あらゆらい @martha810
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