第3話

 野々宮は自分自身に愛が溢れているなどと思ったことはない。

 そして、料理が「愛」によって物理的に味が変わることなどありはしない。

「ならば貴方は愛などいらないと思っているのですか?」

 その問いに対して「そうです」と言いきろうとしたところで、口の動きが鈍る。

(いや、ちょっと違う……)

 自分の意思をなぞって、確かめるようにして形へとかえていく。

「僕は愛を否定するつもりはありません。でも、それはそんなに必要なものなんですかね? そんなものがなくても美味い料理は美味いし、不味い料理は不味いですよ」

 野々宮がこの調理室に求めたものは、家では使えないような調理器具を使えるというメリットのみ。

「より効率よい手順を学び、祖母の料理に近づけたいんです。愛は僕にとって最優先でなんとかしなきゃいけない問題じゃない」

 そんな主張に対して矢澤は諌めるでも咎めるでもなく、淡々と坦々と「そうですか」というだけだった。

 何か言われるかとも思っていただけに、そのあっさりした態度に肩透かしを食らう。むしろ、「何もないのかよ!」と不満を感じるほどの呆気なさだった。

「私は……口下手ですから。あまり語りすぎるといいたいことが伝わりません」

 そんな事もないだろうが、思考を先読みしたかのようなタイミングに野々宮はドキリとして、体がこわばる。

「貴方の答えを否定できるような立派な人物でもないですし、料理がさして上手という事でもないんです。ましてや、私は料理部の顧問ですらない。ただの教師ですから」

 当たり前のように味を見てくれていたので忘れていたが、実は料理の専門家というわけでもない。

「それに、元々『料理部』なんて存在しないでしょう?」

「ーーやっぱり知られてましたか」

 そもそも、何年も教師をしていてこの学校に料理部が実在しない事を知らないはずがない。

「でも、だったら何で味を見てくれたんですか?」

 つまり、気乗りしない違法行為に手を貸してくれていたことになる。それは巷で噂の「鉄の女」らしくもなかった。

「? 何もおかしい事はないでしょう?」

「いやいや。無断で学校の機材を使用してたりとか注意するとかーー」

 それを聞いて、「あぁ」と野々宮の言わんとしている事が分かったようだったが彼女はそれでも気にせずに続けた。

「もちろんお咎めなしともいかないでしょうがーー、」


「教師が生徒の悩みを聞くのは当然のことではないですか」


 当然。

 そのフレーズは彼女らしくないようで、ある意味、非常に彼女らしかった。

「そして、また生徒が答えにたどり着けるように整えるのも、また教師の仕事。では、今度は野々宮が私に付き合ってもらうとしましょうか」

「?」

「今日の放課後、私が作るハンバーグを食べては貰えませんか?」

 それはのちに思えば挑戦状だったのかもしれない。



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