第108話 厄介事の気配



 深呼吸をして少し落ち着いた篠原さんが、身だしなみを整えてから口を開く。



「えっと、それは、彼らの処遇を、私が決めてもいいということですか?」


「そういうことです。警察に突き出してもいいですし、社会的に抹殺したいのであれば協力します。ただし、殺すのはなしです」


「……」



 平常な状態であれば、怒りや憎しみにとらわれ、ヒステリックを起こしていてもおかしくないのだが、鎮静の術のお陰で篠原さんは冷静さを保てている。

 しかし、冷静に殺意を燃やす人間もいるので、一応警戒は解かないでおく。



「私としては、社会的に抹殺したうえで警察に突き出すのがお勧めです」



 そして、いつもは冷静な静子が、怒りで少々過激になっている。

 残り魔力は僅かだが、鎮静の術を使った方が良いだろうか……



「未来ある若者を社会的に葬るような処罰はしたくない……なんて綺麗事を言うつもりはありません。彼らは私に対し、悪意しか感じられない非道な行為を繰り返していました。可能であれば、二度とあんな行為に及べぬよう……、切り落としてやりたいくらいです」



 自分のことではないというのに、一瞬下腹部がヒュンとなるのは男であれば避けられない生理現象だ。

 尾田君や真矢君も、一瞬ビクリとなったのを俺は見逃さなかった。


 改めて篠原さんを見る。

 彼女の瞳は、深い憎しみに染まっている。

 前世ではこんな目をした人間を何人も見てきた。

 鎮静の術でも抑えきれないほどの憎しみを持たれるとは、清水達は一体どんなおぞましいことをしたのか……

 俗物的な興味が沸き起こるが、それを意識的に律する。



「ですが……、それをすれば、彼らの心に復讐心が芽生えるかもしれません。そうなれば、再び私や、私の周りの人に危害が加えられるかもしれない。それだけは、避けたいです……」



 もっともな危惧だろう。

 元々は自分達の行いが原因だとしても、必要以上に制裁を加えられれば、清水達に復讐心が生まれる可能性は高い。

 そうなれば、リベンジポルノ的な行為に及ぶことも十分に考えられる。



「篠原さんの言う通り、あまりにも厳しい制裁を加えれば、復讐を企てられる可能性はあります。開き直って道連れにしようとする可能性もあるでしょう。ですが、その可能性をほとんどなくすことはできます」


「っ!? そ、それは、どうやって?」


「先程、アナタにかけた暗示と同じ要領です。この者達に、反省を促す暗示をかけます」



 実際には暗示とは異なり、永続的に罪悪感を増幅させる呪いを施すことになる。

 ただの暗示では、効果が数時間しかもたないためだ。

 この術は、前世で罪人相手によく使われていた術であり、その効果は証明されている。

 強く施し過ぎると自殺にまで追い込むことになるが、俺には過去何度も依頼され術を行使した経験があるため、匙加減については十分に心得があった。



「……君は、何者なの?」


「催眠術の心得がある、正義の味方ですよ」



 なんとも胡散臭い自己紹介だが、魔術師を名乗るよりはマシだろう。



「まあ、そんなことを言われても信じられないでしょうね。ということで、実際に見ていただこうと思います。麗美、補助を頼む」


「承知いたしました、マスター」



 ……静子の師匠呼びもアレだが、マスター呼びはあらぬ誤解を生む可能性があるからやめてほしい。

 催眠術の心得があると名乗っているため、下手をすれば犯罪者に間違われる。

 俺はそれとなく麗美にアイコンタクトを送る。



「……?」



 しかし、残念ながら俺のアイコンタクトは通じないようであった。



「……尋問を再開する。清水と言ったな、他の仲間について、知っていることを話せ」


「……そのバンダナのヤツが、三木 卓みき すぐる、歳は確か16って、言ってたと思う。眼鏡のヤツが坂田で、Gパンのヤツが遠藤だ。どっちも名前は知らねぇ。本名かどうかも、知らねぇ。俺らは、知り合って2~3か月しか経ってねぇんだ」


「ほぅ、元々の知り合い同士ではないということか」


「そ、そうだ」



 妙な話である。

 もう少し詳しい話を聞こう。



「お前達は、どういう経緯で知り合ったんだ?」


「俺達は、同じクラブで、声をかけられたんだよ。旨い話があるってな」



 どうやらこの四人は、同じクラブに通う者同士で、最初は顔見知り程度の間柄だったらしい。

 それが、クラブによく顔を出す大人に声をかけられ、一緒に行動するようになったようだ。



「ヤクザですかね?」


「その可能性はあるだろうな」


「そんな、どう考えてもヤヴァそうな話に食いつくなんて、なんとも愚かなことです」


「最初から、食いつきそうなヤツを見繕って声をかけたんだろう」



 声をかけてきた大人はクラブによく顔を出すという話なので、恐らく時間をかけて声をかける相手を吟味していたのだろう。

 しかし、事が事だけに慎重に選んで声をかけたようだが、こんな奴らは遅かれ早かれボロを出すものだ。

 今俺達が暴かなくても、いずれは明るみに出ていたに違いない。

 ただ、望まぬ形で明るみに出るのを防げたという意味では、今ここで止められたことは良かったと見るべきだ。



「そんな……、私以外にも、被害者がいたなんて……」



 清水達は、篠原さん以外にも二人の女性に手をかけていた。

 そのいずれも、上場企業務めである。

 明らかにターゲットを絞っているようだ。



「残念ながら、動画はグループ内で拡散されているようです。ですが幸いなことに、ローカルに保存された形跡がありません。回収の手間が省けました」



 グループ内で拡散されたということは、少なくともその動画を見た者の記憶には残ってしまったということだ。そればかりは、いくら静子でもどうにもできない。

 しかし、内容があまりにも犯罪的だったせいか、誰も保存することはしなかったようだ。

 もし保存していれば、あとで警察に事情聴取された際に問題となる可能性がある。

 どこかでバカが炎上させる分、それを見て慎重になる者も多いということなのかもしれない。



「何から何まで、その、本当にありがとう……。なんてお礼を言った……ら……っっっっっ………!」



 篠原さんの言葉が途中で途切れる。

 身体がガクガクと震え、瞳孔が開いていた。

 明らかに異常な状態だ。



「師匠! これは……」


「恐らく薬の禁断症状だ。麗美、篠原さんを眠らせてくれ」


「わかりました!」



 淫魔インキュバスの角の気配は感じない。

 しかしコレは恐らく、津田さんに使用された薬と同種のものだ。

 早くも当たりを引いたのか、それとも、たんにこの近辺で出回っているだけか。

 いずれにしても、厄介な案件になりそうである。





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