第106話 速やかなる制圧



 路地裏に近づくと、すぐに男達と女性の声が聞こえてくる。

 身体強化は聴力も強化されるため、内容もしっかりと聞こえてきた。



「おいおいお姉さん、そりゃ話が違うんじゃねぇの?」


「で、ですから、私の権限だと、無理で……」


「無理かどうかじゃなくて、やるかやらないかだろーが!」


「ひぃっ!」



 グループのリーダーと思われる男が怒鳴ると、女性は腰を抜かしたように尻もちをつく。



「お前、自分の立場わかってねぇんじゃねぇか? 金を持ってこなきゃ薬も渡さねぇし、この画像もばら撒かれるんだからな?」



 リーダー(暫定)がしゃがみこんで、スマホの画像を見せつける。



「こんな画像が会社にばら撒かれたら、お姉さんの同僚達はどんな顔するだろうねぇ?」



 その後ろから、頭にバンダナを巻いた男が女性に抱き着き、顎を掴んで画像から目を逸らさせないようにする。



「イヤァ! お願い、それだけは!」


「だったら、さっさと金持ってこいや!」



 バンダナ男が強引に胸を揉みしだき、耳元で怒鳴りつける。



「わ、わかりました! 明日、明日には、必ず!」


「言ったな? 明日持ってこなかったら、会社だけじゃなく、お前の実家、友人、全部にばら撒くからな?」


「持ってきます! だから、許して!」


「よし、録音したからな。言ってないは通じねぇぞ」



 ……?

 いや、何故録音したんだ?

 自分から証拠を残して、何がしたいんだ……



「シュウヤ、そのまま押さえておけ。早速始めるぞ」


「っ!? な、なんで!? 私、ちゃんとお金持ってくるって!?」


「それはそれ、これはこれだ。今日持ってこなかったお仕置きはしなきゃならねぇだろ」



 そう言ってリーダーはベルトを緩め始める。

 もう少し様子を見るつもりだったが、流石にそろそろ限界か。


 見張り目的と思われる男が、コチラに向かって歩いてくる。

 俺はタイミングを見計らって足払いをしかけ、その男を転倒させる。



「うおっ! なんっ!?」



 そのままバックから馬乗りになり、頸動脈を締める。

 男は藻掻いたが、凶器無しで完璧に決まった裸締めから逃れる術はない。

 程なくして、男は完全に意識を失った。



「なんだてめぇは!」



 リーダーが声を張り上げるが、ズボンを緩めた状態では残念ながら迫力に欠けていた。

 俺はその声を無視してダッシュし、バンダナ男と女性を飛び越えて飛び膝蹴りをリーダーにしかける。

 ズボンを穿きなおそうと手が塞がった状態のリーダーは、これを防ぐことができず、鼻っ柱に直撃を受けた。

 身体強化を上乗せした飛び蹴りの威力は凄まじく、リーダーの鼻は完全に陥没し、同時に意識も失った。


 すぐさま振り返り、バンダナ男に蹴りを放つ。

 立ち上がりかけだったのか、首筋を狙った蹴りは男の脇腹に直撃した。

 手ごたえ的に、恐らく肋骨が数本折れたと思われる。



「ぎゃあああぁぁぁぁぁっ! いてぇ! いてぇぇぇぇぇっ!」


「五月蠅い」



 耳障りな叫び声を、口を塞ぐような前蹴りで止める。

 黙らせる目的だったが、今ので意識も失ったようで手間が省けた。



「さて、残るのはお前だけだな」



 振り返り、最後の一人にそう言う。

 男は逃げるか戦うかで一瞬迷ったようだが、バンダナ男のあり様を見て怖気づいたのか、逃げる選択肢を選んだ。

 しかし、逃がさない。



「ひぃっ!?」



 身体強化状態の俺の脚は、50メートルを4秒台で駆ける。

 普通の脚で逃げ切ることは不可能だ。


 即座に追いついた俺は、後ろから足を引っかけて男を転倒させ、そのまま後ろから裸締めで意識を刈り取る。



(これでよし、と)



 およそ1分といったところだが、身体強化以外の魔力消費無しで制圧した時間としては上出来だろう。

 漫画のように首筋への手刀一発で意識を刈り取れるなら話は早いのだが、実際に気絶させるには脳を揺らしたり、頸動脈を締めて落とすなりする必要があるため少々手間がかかる。

 それを一人で1分以内に完了させるには、今のように一人ずつ確実に仕留める必要があるのだが、普通はそうそう上手くはいかない。今回は運が良かったと見るべきだろう。



「さて……」



 振り返ると、女性は尻もちをついた状態で放心していた。

 彼女の上を飛び越えたり、目の前で蹴りを見たりしたので、完全に腰を抜かしたのかもしれない。



「大丈夫ですか?」


「ひぃっ!?」



 化け物を見るかのような顔をされてしまう。

 まあ、普通の人間はあんな助けられ方をしても「助かりました! ありがとうございます!」なんて反応はできないものだ。

 フィクションはご都合主義で溢れかえっている。


 俺は鎮静の術を使い、女性の精神を落ち着かせる。

 この術は本当に便利だ。……無論、これはノンフィクションである。



「え……? あれ、私……、はっ! あ、あの、助けていただき、ありがとう、ございました?」


「どういたしまして。しかし、まだ完全に終わったとは言えません。詳しい話を聞かせていただく必要があります」



 彼女が襲われることは防いだが、これまでに起きたことまでは解決できない。

 脅しに使われていたであろう画像も、全て処理する必要があるだろう。

 そのためには、静子達の協力が必須だ。


 俺はスマホを取り出し、静子に連絡を取る。



『わかりました、師匠。全員にそちらに向かうよう伝えます』


「よろしく頼む」



 通話を終え振り返ると、女性はまだその場で固まったままであった。

 どうやら、まだ腰が抜けているようである。

 まあ、その方がコチラとしては都合がいい。



「そのまま休んでいてください。もうじき、仲間がここに来ます」


「あ、あの、仲間って? 私、どうなっちゃうんでしょうか?」


「安心してください。危害を加えるつもりはありません。今後どうするかについても、アナタに決めてもらうつもりです」



 警察に突き出すか、復讐するか、それとも完全になかったことにするか、彼女には選ぶ権利がある。

 個人的には、奴らには地獄に落ちてもらいたいところだが、俺がそれを一方的にするのは間違っているだろう。


 俺は正義の味方ではあっても、天誅を下す神ではないからだ。



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