第105話 周辺地域の調査②



 俺と津田さんは、市内の繁華街近くにあるビルの5階に来ていた。



「……何も聞かずについてきちゃったけど、本当にここなの?」


「ああ。このビルの5階はなんのテナントも入っていないのを確認済みだ。監視にはうってつけだろう」



 静子の協力で、この辺一帯の監視に適した場所は全て押さえてある。

 人除けの結界も張ったし、誰かが迷い込むこともないだろう。



「そ、そうなんだろうけど、あまり人気が無いのも、その、怖いというか……」


「っ!? 失礼した。女性的には確かにそうだね」



 こんな所に男と二人きりなど、津田さんからすれば気が気ではないだろう。

 これは信用あるなしの問題ではなく、モラルの問題だ。



「え~っと、そうだな、静子達と通話状態にしておこうか。それなら津田さん的にも安心だろう」


「い、いや、そこまでしなくても大丈夫。ただ、黙っていられると不安になるから、何か喋ってて?」



 それはそれで俺にとっては少し難題だったが、まあ彼女の気が済むのであればそうすべきだろう。



「わかった。極力何か喋るようにしよう。ただ、俺もそこまで会話のネタがあるワケじゃないので、そちらからも話を振ってくれると助かる」


「う、うん。わかった」



 そんなこんなで、俺と津田さんは当たり障りのない会話をしながら、外の監視を続ける。

 津田さんが見ても何か見つけられる可能性は少ないのだが、素人目線の方が何かに気づけるケースもある。

 彼女の監視も決して無駄にはならないだろう。



「そういえば、このビルってさっきから女の人がよく出入りしているけど、なんでかな?」


「ああ、それはここが風俗店の待機場所に使われているからだね」


「風俗? ……って風俗!? そ、それって、つまり、そういうお店ってこと!?」



 津田さんは一瞬意味がわからなそうな反応をしたが、すぐに何のことか悟ったらしく驚いてこちらを見てくる。

 いささか過剰な反応だと思ったが、よく考えてみればこの年齢の女子には刺激が強かったのかもしれない。



「すまない。今のは忘れてくれ」


「わ、忘れてって、べ、別に私はそういう話、平気だけど?」


「そうかい? そんな反応には見えなかったけど」


「い、いきなり風俗とか言うから、なんのことかわからなかっただけだよ!」



 まあ、彼女がそういうのなら、そういうことにしておこう。



「この辺りにはホテルヘルスの店舗が複数あってね。複数のビルに女性従業員の待機場所があるんだ」


「ごめん、そのホテルヘルスっていうのがよくわからないんだけど……」



 ……確かに、普通の女子高生がそんなこと知るワケないか。



「ホテルヘルスというのは、デリヘルなどと同じ無店舗型のファッションヘルス風俗店のことだ。主にラブホテルを利用することからそう呼ばれている」


「ファッションヘルスっていうのは?」


「本番行為を伴わない性的サービスを行う店のことだ」


「本番て……、あっ、その、セッ……はしないってことか」



 津田さんが恥ずかしそうに顔を赤くしながらボソボソと呟く。

 こうしていると、なんだかイケナイことをしているようで気まずい。



「そうだ。その手の店は、受付と女性従業員の待機場所が別の場所にある場合が多く、このビルもそういった用途で利用されているんだ」



 ひと昔前は店舗型のファッションヘルスも多かったと聞くが、今は無店舗型のデリヘルなどが多くなったらしい。

 前世では基本的に店舗型の風俗店が多かったが、客引きをやってそのまま宿に連れ込まれる風俗嬢も多かったので似たようなものかもしれない。



「か、神山って、そういうこと、詳しいんだね」


「調べただけだよ。決して利用したりはしていないので勘違いしないでくれ」


「し、しないよ!? うん、しないしない!」



 そうやって過剰に反応されると、かえって疑われている気になるんだが……

 疑われたからといってどうということもないのだが、今後再封印の際に意識されても困るので念を押しておこう。



「本当だよ。このビルのことや、周辺の状況を調べる際に一緒に調べただけさ。今後の利用予定もないよ」


「わ、わかってるって! 神山はそんなことしないって信じてるもん!」


(そんなこと……。別に俺は風俗業に偏見は持っていないのだがな……)



 俺自身は、性風俗産業はこの世にあって然るべき存在だと思っている。

 性犯罪の防止にも繋がるし、彼女や奥さんに要求できないような性行為を代替することもできるのだから、むしろ互いを思いやる意味でも重要な存在と言えるだろう。

 女性目線では不潔だとか見られる可能性もあるが、むしろ健全な職業だと思う。

 ……まあ、ここで津田さんの価値観を否定してもしょうがない。

 信頼はされているようだし、良しとしておこうか。



「ありがとう。まあ、そんな背景もあるから、彼女達にも注意を払って欲しい。淫魔が関わっている可能性がある以上、性犯罪に繋がる危険も十分あるからね」



 津田さんに投与された『淫魔の角』の粉末には、強い催淫作用と依存性がある。

 しかも、こちらの世界の麻薬などに混入されて、より危険性を増しているのだ。

 女性を手籠めにするにはうってつけの効果があるため、性風俗業に利用される可能性も十分にあるだろう。

 ここで見張っていれば、加害者だけでなく被害者を見つけられるという算段があった。



「あ、じゃあ、アレなんか怪しくない? ホラ、あの狭い路地でたむろしてる……」



 俺の方からは見えないので津田さんに近付き目線を追うと、確かに4人の男達が路地裏でたむろしているようであった。

 それだけであれば別段珍しいことではないが、問題はその場所と、そこに向かっていると思われる女性の存在だ。

 人目に付かない路地裏を女性一人で歩くというのも違和感があるし、何より彼女はあの集団に気づいているようである。

 これはビンゴかもしれない。



「ナイスだ津田さん」



 俺はそう言って津田さんの肩を叩きつつ、すぐに階段へと向かう。



「ちょっ! 神山、どうするの!?」


「近付いて会話の内容や魔力を探る。津田さんはここに残って、上から状況を確認して欲しい。場合によっては静子達への連絡も頼む」



 津田さんと距離を取るのは少し不安だが、一緒に連れて行くよりは人除けの結界が張られているこの場所で待っていてもらった方が安全だ。

 万が一何かあったとしても、このくらいの距離であれば対処も十分間に合うだろう。



「え、ええ!?」



 津田さんはまだ何か言いたげだったが、一刻を争う可能性もあるので無視して階段を駆け下りる。

 身体強化を施して数段抜かしで下りたため、一階にはすぐ着いた。

 たまたま通りがかった女性に変な目で見られたが、今は気にしている余裕が無い。

 女性のことは無視し、俺は路地裏に速やかに近づいた。



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